Canon越しの世界

スウェーデンでの生活を、自分の目とカメラを通して、ゆるく発信していきます

5年越しの片思いが実って、タンザニアの山奥に来た話。

 f:id:KanonCanon:20170815054927j:plain

 

超久しぶりの投稿です。

最近タンザニアの男からよく求婚されてます、高橋です。

この前は、マサイ族の人に「僕の2番の妻になってほしい。牛5頭でどう?」って聞かれました。

 

え、私って牛5頭ほどの価値なの!?

(価値が低いのか高いのかよくわからない)

 

味わったことのないカルチャーショックを受けつつ、「私旦那がいるんだ、ごめんね!」って笑顔で言い、解決。このフレーズが一番効くらしい。

 

ちなみにタンザニアでは全員ではないけれど特にマサイ族の男は、牛を贈り物として、新婦の家族に渡しているよ。その新郎が十分な牛を結婚時に渡せない場合は、その新郎新婦の子どもが借金というか借牛(?)という感覚で、後で牛を渡すみたい。牛を渡す文化も少しずつ変わってきているらしく、昔は60頭が普通だったけど最近は数が減ってきているんだって。私の知り合いは、5頭の牛をお嫁さんの家族に渡したと言ってました。私=牛5頭って、まぁまぁ妥当な価値なのかも!

 

 

f:id:KanonCanon:20170815061511j:plain

 

牛は普通にごろごろいます。

 

 

今まで来たことがなかった、アフリカ大陸。

私は今、タンザニアの山奥にいます!

毎日が、新しくて、学ぶことが多い。

 

タンザニアは勢いがある国。

街中が目がくらむような色で溢れていて、路上には美味しそうなフルーツや野菜が並んでいて、クラクションの音と、人の声と、どこからか流れてきたラジオの音楽がごっちゃごちゃに混じりあって、心地よいカオスを生み出している。

2年前に行ったバングラデシュをふと思い出す。

 

f:id:KanonCanon:20170815054903j:plain

 

タンザニアって赤道直下だし暑いだろうと思ってたけど、ほんとに寒い。

南半球だから季節は真逆で、今は一応、冬!

首都のダルエスサラームは暑いみたいだけど、私がいるのはキリマンジャロから2時間くらい車で走ったところにあるアルーシャっていう街。

ここアルーシャにある、メルー山っていう富士山よりも標高が高い山の中にいるんです。

 

毎日ヒートテックの上にジャケット着てます。特に夜は冷えるので、風邪ひかないように足湯をしたり、熱した鍋を抱っこしたり。

お湯は3分も出せばブレーカーが落ちちゃうし、お風呂場はアリが異常に多いし、スワヒリ語まだ全然わからん!

水道水はそのままでは絶対飲んではいけないので、いつも煮沸消毒しなきゃだめ。

 

そんな山奥にある中学校で、私は英語で、地理と英語と日本文化とたまに音楽を教えています。

この中学校に2週間滞在した後、他の学校に移るよ。

 

実は、タンザニアでは中学校からすべての授業を英語で行うことが決められているんです。大学は完全に英語!

 

 

f:id:KanonCanon:20170815054848j:plain

 

英語の教科書。表紙の絵がとっても物騒。タンザニアでよくある光景なのか…。

 

タンザニアは、年にイギリスから1961年に独立した国。道行くおじいちゃんと英語で会話できたりするんです。植民地教育で、英語を習ってたから。

 

 

f:id:KanonCanon:20170815061419j:plain

 

 

コンセントもイギリスと同じ形のもの(BF型)で、車も右方向で右ハンドル。これは日本と一緒なので、トヨタや日産の車だけでなく、「〇〇幼稚園」って書かれたバスとかが中古車としてそのまんまタンザニアで走ってる。とっても不思議なかんじです。

 

 

f:id:KanonCanon:20170815061422j:plain

 

みんなバランスとるの超絶うまい!

 

 

スウェーデンから帰ってきて、タンザニアに飛び立つまで、日本で4週間過ごしました。

変わったもの。変わってないもの。

私の考え方が変わったから、少し違って見える世界もあった。

 

大学に行ったら、友達が、スーツを着るようになっていた。

スッキリと髪も黒くなって、大人になっていた。

 

「サマーインターンの面接なんだ」「コンサルは早めにESを出さないと」「webテストがうにゃうにゃ」

 

パリッとスーツを着て、社会に貢献する人、つまり社会人になる準備をしていた。

すごいなって思う。

 

私は

ユニクロTシャツに、超動きやすいユニクロのパンツを履いて、虫除けスプレーとスワヒリ語の辞書が入ったバックパックを背負い、地球の裏側に来ていた。

 

 

f:id:KanonCanon:20170815061706j:plain

 

 

私がこの夏をかけてやろうとしていることってどうやって未来につながるんだろう、つなげられるんだろう。って何回悩んだかなぁ。

 

毎日のように、「〇〇のインターンの申し込み」「企業面接のコツ!」みたいなメールが来る。

それを開くこともなく0.5秒くらいで削除してるけど、就活の準備ってしなくていいの?

みんながやっているように、私もOB訪問とか企業のこと調べたりとか、いろいろしなきゃいけないんじゃないの?

 

就活に違和感を感じてたけど、自問自答して不安になったり、ならなかったり。

 

私が社会にどうやって貢献できるのかよくわからないんだ。

どういう仕事をしたいのかも、はっきりわからない。

 

だから、好きなことと、興味があることに、まっすぐになろうと思った。

 

まっすぐになったら、日本からすーっと線が伸びて、タンザニアに着いた。

なぜ私が今タンザニアにいるのかって話は、高校生まで遡る。

 

 

5年前、私が15歳の頃、アフリカっていう大陸になぜかすっごく行きたくて、何があるのか全く分からなくて。

とにかく「知りたい」「行きたい」「見たい」でいっぱいになった時がありました。

担任の先生に相談したら「いいですねぇ~」って言われて、もう今しかない!絶対行く!ってなり、親に行かせてくれと頼み込みました。その時はパワポとか全く使えなくて、紙芝居みたいなのを作ってプレゼンをしたなぁ。

食卓に母と父を呼んで、2人の前で「うりゃぁぁ世界を広げたい!」的なことを言った気がする。

あるボランティアに参加して、現地に行きたいって。

タンザニアは、アフリカの中でも比較的治安がよくて、120以上の民族がいる。

高い山があって、深い湖があって、たくさんの野生の動物がいて、そして人間が生まれた場所がある国。行くしかねぇ!

 

アッツアツのプレゼンをした数秒後に、見事に

 

f:id:KanonCanon:20170815055554p:plain

 

 

「かのんは英語も話せないんだし、スキルもない。

行ってもただのお荷物になる。

自分で力つけてから行きなさい。」

 

 

ピシャリ。って音がしたのを覚えています。

まだ私はそこに行ってもないのに。ボランティアをしたら、誰かのためになることをするのに。

そこに行って初めて気づくことも絶対あるし、そこで力をつけるもん。

なんで今、私を行かせてくれないんだろう?

 

もやもやが晴れないので、2回目のプレゼンをしたら

「もっと役に立つ人になってから行きなさい。

じゃないとただの自己満で終わるよ。」

 

って静かに言われました。

危ないとか、お金がかかるとか、そういうことは言われなかったなぁ

役に立つ人ではないのは確か。だけどどうやったらそういう人になれるんだ…。

 

その夏、アツくなった私の小さな夢はしゅーんとしぼみ、831日に宿題に追われるような例年通りの夏休みを過ごした。

 

でも世界史でアフリカの歴史を習っているときはすごくわくわくしたし、アフリカという言葉を見ると「あ」って立ち止まっちゃってたし、アフリカ縦断した人に話を聞きに行って「絶対サハラ砂漠で星を見る」って決意したりして、なんやかんやずーっと惹かれていた。アフリカは、憧れの存在だった。

 

数年が過ぎて、大学生になった。

人生の夏休みと言われる大学生活中には、絶対に留学すると決めていた。

 

スウェーデンの主体性を引き出す教育に興味があったから、スウェーデンに留学し、幼稚園~高校の教育現場に足を運んだ。

この1年で、教育への興味がより強くなって。

日本語を高校生に教えたり、日本文化を小学生に紹介したり、生徒と一緒に話している時に、子どもたちからたくさんのことを学んだんです。

 

教師って、教えるだけじゃなくて、双方的に生徒からたくさんのことを学べる職業なんだなぁ。

 

教育という分野にどうやって携わろうか、どういう関わり方が自分に合っているのか。

どういう仕事をしている時、自分が好きな自分でいれるのか。

 

将来のことを考える機会に溢れていた留学でした。

 

そんな留学中に、お隣の国、デンマークで同じトビタテ留学JAPAN!から奨学金をもらっていて、教育留学をしている人に会ったんです。

彼はフィリピンに行ったあと、タンザニアに移り、そのあとオランダに行って、各国の教育を視察している人でした。

値段がやけに高いスパゲティ(デンマークなので)を食べながら、彼のタンザニアでの話を聞いていたとき、私のお腹あたりがすーーーっごくアツくなってきた。

 

これはちょっとスパイシーなスパゲティのせい、ではない。

 

5年前に玉砕した小さな夢のカケラが、気づくか気づかないかくらいの熱をずっと保っていて、彼のタンザニアの話を聞いていたら、体中に散らばったカケラたちが5年越しにぎゅっっと集まって、化学式では表せないような反応を起こして、星が出来る瞬間と同じような熱を発した。

 

物理的にすっごく体があつくなってた。375分くらいはあったと思う。

 

彼に「その学校とつなげてくれませんか」ってお願いして、それともうひとつずっと行きたかったプロジェクトに応募して、タンザニアに行くって決めた。スウェーデンでいろいろやりとりをした。

 

スウェーデンでできた友達にそのことを話したら「いいじゃんタンザニア!また学びが深まるね!」「どんな教育が行われているのか比較できて面白そう」って背中を押してくれた。「お父さんお母さんを説得できるように準備しなきゃだね」って手伝ってくれた。

 

結局、スウェーデンの小さな部屋で、親とSkype上でプレゼンをした。

今回は5年前の紙芝居とは違い、パソコンでパワポを使った。

 

 

f:id:KanonCanon:20170815055653p:plain

 

なんかこわい。

 

なんでタンザニアなのか、なんで今なのか、なんで私が行く必要があるのか、かかる費用、治安面、ワクチンの話タンザニアにいたことがある人とSkypeで相談したり、1日中グーグルで調べたりして、20枚くらいのスライドを作った。

 

「黄熱病の注射は日本に帰ってから受けるから大丈夫!マラリアキンチョールとかでなんとかなる!」

 

 

f:id:KanonCanon:20170815054924j:plain

 

 

5年前はただただ「見たことのない世界を漠然と見たい、人のためになりたい」って、誰でも言えるようなことを言った。

でも5年経って、「今まで経験したことを、どうタンザニアでの経験につなげていくのか。なにを学びたいのか。」を言えるようになっていた。

 

人のためになりたい、とだけ思ってた自分が、少しだけ変わった。

自分のやりたいことをやりたいため。

自分の見たい世界を見たいため。

自分のスキルを試したいため。

っていう、理由が加わった。

 

話していたら、胸からなんか熱いものがこみ上げてきて、途中からひぃぃんって馬みたいな声を出して、泣きながらプレゼンした。

 

 

「5年前とは全然違うねぇ」って笑う母の顔。

「ちゃんと学んで来なさい。遊びじゃないんだからね。」って優しく諭す父の顔。

 

 

その顔が脳裏に焼き付いたまま、Skypeを終え、パソコンを閉じて、

ひゃっほおおおおおおほほおおおい!って狭い部屋を23周しました。嬉しかった。

外はまだ寒かったけど、それから春が来て、あたたかくなって、夏になって、今、冬のタンザニアにいる。

 

 

5年越しに、片思いが叶ったような気持ち。

自分の好奇心に、まっすぐになっていいんだなぁ。って思った瞬間だった。

 

 

f:id:KanonCanon:20170815054920j:plain

 

 

そして今、心から思うのが、5年前にタンザニアに行かなくてよかった、ということ。

英語を話せないまま、自分のやりたい!って思うことがないまま、タンザニアに飛びこんでも、得られるものは絶対あったと思う。

でも、英語を話せるようになって、英語で何かを教えたいと思えるようになって、そして学びたいものがある今の私は、5年前の私とは比べ物にならないほどたくさんのことを吸収できていると思うんだ。

じゃないと、「あぁ異文化交流!楽しかった!」で終わっちゃったと思うから。

 

だから、5年前に親が行かせてくれなかったことに、心から感謝している。

5年後のこと見通してたかぁ~さすが!ありがとうございます。

 

そして、比べるのは、周りの他人ではなく、昔の自分だと、いろいろ発見があっておもしろい。

 

自分の人生って、他人じゃなくて、自分自身が基準。

 

ってことを忘れちゃうんだけど、うん、迷ったときこそ、思い出さなきゃ。

 

 

f:id:KanonCanon:20170815061638j:plain

 

タンザニアの女性は本当におしゃれ。カラフルでパワフルな服を着てて、それが本当に似合っているから素敵!

 

 

今日も温かいシャワーは出ないので、沸かしたお湯を桶にためて、洗います。

でっかいアリと格闘し、覚えたスワヒリ語を寝る前に唱えて、寝る。

こんな生活日本ではあんまりできないから、思いっきり楽しんでます。

 

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

日本はまだまだ暑いのかな。花火大会で盛り上がっているのかな。

みなさんにとって、明日もいい夏の1日になりますように。