Canon越しの世界

スウェーデンでの生活を、自分の目とカメラを通して、ゆるく発信していきます

そうだ、12時間後、ラトビアに行こう

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4月の始め。

12ページのレポートがなかなか進まず、部屋にこもってカタカタすること1週間。

とにかくレポート終わらせてからいろいろやろう!と思ってたけど、

なぜか全然書けない。何回ぐへぇって言っただろうなぁ。

 

 

人と会う時間がめっきり少なくなる一方でタスクだけは増えていって、

時間を無駄にしている自分に気づいたとき自己嫌悪に陥りそうになり、

「やばい、これは12月病んだときと同じ道をたどってるぞ」と思った。

 

病んだときのブログを遡り、えーと私はどうやったら元気もりもりになるんだっけな、とまるで自分の取扱説明書を読むような気分で、過去のブログを読んだ。

 

12月はささくれができただけでテンション激下がりしてたんだ!?

谷川俊太郎の「生きる」って詩を号泣しながら朗読してたなぁ

「私ってクズかも!消しカス以上、おがくず以下の人間!」って書いてある…

 

 

こんなふうにブログを読み返すと、けっこう面白い。

 

ずいぶん病んでたなぁーって笑っちゃった。↓これ

 

kanoncanon.hatenablog.com

 

 

その時のブログには、

 

できたことも、忘れずにちゃんと見てあげることも大事!

私は、褒められないと伸びないタイプ。

ちょっと行動して、踏み出して、小さな自信をつける。

自分でしかいいポジティブなサイクルは生み出せない。

 

と書いてありました。ふむふむ。

ここまでレポートよく頑張ったなぁ私、あと半分!(白目)って褒めたあと

うーん、ちょっと他の環境に飛び出していいサイクルを生み出してみるか!

なんて考えてたら気づいたときには新しいタブを開いて、航空券を取っていた。

 

 

行き先は、ラトビア

フライトは、12時間後。

 

 

ラトビアには行ったこともないし、まだ歴史も詳しく分かってない。

知り合いも1人もいないなぁ、そういえば。

てかまだ締め切りギリギリのレポート終わってない。

 

 

 

よし、行こう。

 

 

 

うおおおおおおおおって、レポートをやるときには見せなかった勢いでパッキングを始めた。このエネルギー、もうちょい前から出てきてほしかったよ…!

 

 

何も知らない新しい環境に1人で飛び込んで、

1人でも多くの人と話して、

1つでも多くのこと学んで、

1mmでも自分の世界を広げてから帰ってこよう!

 

 

ということで、バックパックひとつ背負って、

ラトビアぴょいーんと飛んだのでした。

 

 

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ちょうど1週間後に友達とロシアに行く予定があったので、ラトビアから陸路でエストニアに行って、エストニアからヘルシンキまで船で行き、友達とそこで合流して直接また船でロシアに行くことに。ちなみにこの時期はイースター休みだったので、時間はたっぷりありました。

 

 

次の日の朝、デンマークの空港に早めに行き(隣の国に最寄りの空港があるってやっぱりヨーロッパなんだよなぁ)飛び立っていく飛行機を横目に、レポートをカタカタ。

 

飛行機の中でも、約2時間弱カタカタ。

机の上でやるよりもくもくの雲の上の方が、断然はかどる!

 

 

ちなみにラトビアは、バルト三国の真ん中の国。

北はエストニア、東はロシア、南はリトアニアベラルーシ、西にはバルト海

 

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人口230万人、大きさは九州の1.8倍くらいの、小さな国。

公用語ラトビア語なんだけど、国民の30%弱がロシア系で、映画とかラジオ、テレビでもロシア語が使われています。人口の大半は西ヨーロッパ系のバルト人と、ロシア系のスラブ人が占めています。

 

ラトビアは、第一次世界大戦後の1918年にロシア帝国から独立して、第二次世界大戦中の1940年にソビエト連邦に占領され、1941年、独ソ戦でドイツが占領、1944年にはまたソビエト連邦が占領&併合。1991年に独立して、2004年にはEUとNATOの仲間入りを果たしました。

 

だから、小さい国だけど世代によってはロシア語もドイツ語も英語も話せるという、マルチリンガルな人もいるんだとか。多くの外国企業の進出先にもなっているよ。ほぇ〜

 

ラトビア人にとって、ロシア語を学ぶことは英語を学ぶことと同じくらい(またはそれ以上に)大事みたいで、就職においてもそこまで国際性が問われない単純な仕事でも、お客さんの3〜5割がロシア語を話す人だという。ロシア語が話せることが仕事の条件に入ってることもあるらしい。

 

ロシア語の方が、文献の量も豊富でメディアでも多く見られるんだって。

たしかに街を歩いてた時、ロシア語の表記たくさん見かけたなぁ。

原則として公共の場での広告や案内やメニューは、ラトビア語を使うことが法律で義務付けられてるらしいです!これは教育現場でも同じで、授業の6割以上はラトビア語でなければならないんだって。

 

 

そして歴史を調べていてちょっと驚きだったのが、ラトビアの中で、無国籍という扱いになっている人の数。

ラトビア国籍保有者は約180万人で、外国籍保有者は3〜4万人。そして残りの約45〜50万人のソ連時代から帰化することなく永住してきた移民は、国籍がどの国からも付与されていないんだって。ソ連時代のラトビア国内で生まれて、一回も他の国に出たことがない人も、帰化しない限りラトビア国籍になることはできないし、他の国籍を持てるわけでもない。

 

つまり、国民としての扱いを受けないということになる。

 

 

選挙権が与えられてなかったり、他の市民権がなかったりする。

これは一刻でも早く解決すべき問題だとされてるけど、まだまだ解決への道のりは遠いみたい。

 

5年前に行われた、ロシア語を第二公用語にするかどうかにおいての国民投票では、4分の3の反対で否決された。でも、非国籍者であるロシア系の人は、そもそも投票権がなかったんだよね。

 

 

うーーーん。歴史が絡んでて、一筋縄にはいかない問題だぁ。

 

ちなみに国旗はこれ!

 

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バルト三国ソビエト感があるよってどこかで聞いてたんだけど、

カンボジアの温度を数十度下げて、建物を間引きしたような街だぁ

これがリガに着いた時の正直な感想でした。

 

カンボジアのように熱気はないし(その時の気温は0度だった)建物もたくさんあるわけではなかったけど、空港の周りが全然栄えてないかんじ、絶妙に似ていた。

 

直前に予約したfunky hostelというネーミングセンスがまぁまぁなホステルになんとか着き、ドキドキしながらホステルのreceptionのドアの前に行った。

 

ものすごいfunkyな音楽がガンガンかかってた。

ここは本当にfunkyなんだな、めちゃくちゃfunkyな人が出てきたらどうしようかな、って一瞬ドアを叩こうか迷ったけど、音楽に負けないくらい拳でドドドドドってドアを叩きました。

 

音楽がぴたっと止んで、出てきたのは…

めちゃくちゃ柔和な顔をしたおじいちゃん!ギャップがすごい。

 

やほやほ、よく来たね!ってすっごく優しく迎え入れてくれた。

 

 

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1泊20ユーロのホステルはこんなかんじでした。居心地良すぎた。

 

同じ部屋にはロシアから来てるMariaって子がいるよ、その子も一人旅してるみたいだから仲良くね!と言われ、部屋でMariaとおしゃべりをし、じゃあ夜の散歩するかーってことで、旧市街を散策したよ。空港の周りとはまったく違う雰囲気でびっくり!

 

 

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たくさんのバーがあった。

 

 

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聖ペテロ教会。

 

 

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ちなみにお昼に行った時はこんなかんじ。

圧巻でした。このリガの旧市街は、世界遺産に登録されてるんだよ!

 

 

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ヨーロッパってかんじの建物。

 

 

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上に乗ってる猫に注目!

 

 

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猫の家って呼ばれてるよ。

 

 

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ピンクのボーダーが入った綺麗な教会。

ラトビアの宗教は、プロテスタントルター派)、カトリック、そしてロシア正教

 

 

 

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治安は、めちゃくちゃよいです。ひとり旅も全然おけまる◎

 

 

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これは、3兄弟って呼ばれる建物。

 

 

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この道はかなり短くて狭い道なんだけど、私が人生で今まで歩いた道の中で、たぶん3つの指に入るくらい好きな道。行ったり来たり、3往復しました。

 

 

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これは、自由の記念碑。

1918年〜1920年ラトビア独立戦争で亡くなった兵士に捧げられています。

リガでの集会や公式の式典で中心の場所になることが多いみたいです。

 

 

 

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カラフルな建物がたっくさん並んでる旧市街。かわいい。

ずーっと歩いてて飽きないし、小さくて迷子になる心配もない。

だからこそ、この街は迷子になりたい街だと思った。

 

 

友達のZaraが、「小さな偶然が起きるように、予定はがちがちに立てないほうがいいよ」って言ってたのを思い出し、ノープランで1日ぷらぷら歩いてました。

 

 

どんな出会いがあったかは、次のブログに書こうと思います。

 

明日もいい1日になりますように!

 

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人生において大事なものってなに?って、プラハで2人のイラン人に聞いてみたんだ

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2ヶ月前のことですが、チェコプラハに行ってきました。

初めて東欧に行ったんだけども、息を飲むような景色に何回出会ったことか。

一緒に行ったのは、Zara

同じ寮に住んでいる友達で、プラハからスウェーデンに戻ったあとすぐイランに帰っちゃったんだけど、「ヨーロッパ最後の旅行は、かのんとプラハに行きたい」って言ってくれて。

授業の合間を縫って、プラハに3泊しました。

 

 

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私がこの旅行のことをブログに書いておきたいと思ったのは、

Zaraが人生についてたくさんのことを教えてくれたからです。

そして、Zaraの友達にも会ったんだけども、その方からも本当に考えさせられる時間と機会をもらったからです。

 

 

いろんな人生に触れた旅でした。

考えさせられた旅でした。

 

 

プラハはとっても素敵な観光地。

”みんな”がおすすめする、”行くべき”ところにもたくさん行った。

 

 

でも2ヶ月経って、私の心に残っているのは、美しい風景よりも、

Zaraと夜に髪を乾かしながら話したイランのことであったり、

座っておやつを食べながら話した日本のことであったり、

大聖堂の前で話した恋愛の話であったり、

スープを飲んだあとに話した学問を学ぶ意義であったり、

そして、プラハの街を歩きながら話した人生のことであって。

一緒に同じ空間で”考えた”時間だったんです。

 

 

わぁ、なんだか泣きそう。

 

 

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世界一美しい図書館に行ってきたよ。ストラホフ修道院の中にあります。

 

 

 

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中世の町並みってかんじ!

 

 

Zaraは、イランから来た、ずば抜けて頭がいい女性。

イランでトップの大学を卒業してその後大学院に進み、心理学を極めてた。

本当に極めていた。映画を一緒に見たあとは必ずディスカッションタイムがあった。笑

「あのシーンは心理学的にはね、」っていつも話を始めて、

「こんな角度からこう解釈することもできるんだ!」って私はいつも新しい発見をもらってました。

 

イランでは大学に入ることも、卒業することも、留学することも、女性にとっては本当に本当に難しいことなんだって。

Zaraは学位をとるためにPhDの学生としてスウェーデンに留学してました。

そして驚き桃の木サンマの開きだったのが、33歳だということ!

 

でも英語で会話してると、敬語がないから全く距離を感じない。不思議。

 

Zaraは私よりもひとまわり、ふたまわりたくさんの経験している人生の先輩だー!って思ってました。

 

でも、それ以上でした。

話を聞いていたら、想像を絶する経験もしていて。

でも自分が今まで頑張ってきたこととか、イランの素敵なところもいっぱい話してくれた。

イランに絶対来てねって言われたから、絶対行く。

 

 

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Zaraが住んでいるのは、イランの首都テヘラン。イラン文化の中心地。

スマホでたくさんの寺院や絨毯、陶器、そしてペルシャ猫の写真を見せてくれた。

イランの歴史も教えてくれた。頭の整理も兼ねて、ちょっと書いときます。

 

イランは今はイスラム教国家だけど、ササン朝ペルシャの時代まではゾロアスター教の国家だったらしい!ササン朝が滅びて、モンゴルからの侵略があり、イスラムシーア派を国教とするサファヴィー朝が1500年頃にできてから、イスラム化が進んだ国。ここの土地は、ヨーロッパとアジアが交わるかなり重要な場所だったから土地をめぐっての争いがたくさん起きたんです。世界史で習った膨大な量の王朝や都市や人の名前は、呪文のようだった。どうしても覚えられなかったから、ちびまるこちゃんのおどるポンポコリンの歌に合わせて、王朝の歌をせっせと作っていた高校3年生だったなぁ。

 

20世紀に入って、イランの近代化を進める動きが始まりました。脱イスラム化を図った政策としては、チャードルと呼ばれる女性が着る黒い布の着用を禁止して洋服着用例を発令したり、農地改革や識字運動などを進めたよ。1960年頃にパフラヴィー2世が起こした「白色革命」って呼ばれる、いわゆる西洋化運動です。でもかなり急激なものだったので、結果としてイラン・イスラム革命を引き起こすことになりました。

 

イラン・イスラム革命とは、まさにハイジにでてくるおじいさんのような白いお髭を蓄えたホメイニ師っていう人が国王批判をして逮捕&国外追放されたことを皮切りに起こった革命。「それはちがくない!?」って民主化を求める、王制打倒運動が国内で広がっていきました。詰んだ国王の代わりに、1979年にホメイニ師が母国イランに帰ってきて、「イスラム共和国作るよ!」ってなったのが、イラン・イスラム革命。そこからイランは厳格なシーア派国家になったのだけれど、周りのイスラム諸国はスンニ派で、イランの革命の波が広がらないかとビンビンに警戒してたんだって。アメリカとも対立関係になり、ピリピリし始めた。

 

そんな革命があった次の年、1980年に、イラン・イラク戦争が始まりました。イラクとイランの間を流れる川の使用権と、石油の輸出が問題になって、欧米諸国とソ連イラクフセイン政権をサポートした。1988年に停戦が成立するまで、他国家を巻きこんで8年間に及んだ戦争。長い…。打撃もかなり大きいものでした。そしてそのあと湾岸戦争が始まったんです。

 

Zaraは、小さい頃に体験した戦争のことを話してくれた。

サイレンが聞こえてきたら、お母さんに抱っこされて防空壕に駆け込む日々。

今も、サイレンの音や大きい爆発音を聞くと、その時の情景がフラッシュバックするんだって言っていた。

 

私はスウェーデンに来るまで、戦争を体験した友達には会ったことがなかった。

私にとって、戦争は遠くで起こっているものだった。

恥ずかしいけど、本当にテレビの向こうの話だった。

 

でも、私より13年間長く生きていて、育った国も文化も環境も違って、そして実際に戦争を体験した人が、自分の目の前にいて、生きている。

同じ机で、あたたかいごはんを一緒に食べている。

辛かった経験を、私に共有してくれている。

 

話してくれて、ありがとう。という言葉しか出てこなかった。

 

 

話を聞いている時、戦争の話をするひいおじいちゃんの顔が、私の頭をよぎった。

 

戦争は、あかん。って言葉と一緒に。

 

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でも最近、すごく不穏だ。ニュースを見ていて、胸が本当にざわざわする。

なんだか、世界が行っては行けない方向に流れていっている気がする。

 

 

先々月にトランプが発表した大統領令。特定の7ヶ国の国籍を持つ人は、アメリカには一時的に入国を禁止された。その7つの国の中に、イランがあった。

Zaraのイラン人の友達は、この大統領令によって、夢が粉々になったと言っていた。

とっても優秀な女性で、やっとアメリカの大学で働けることになって、たくさんの希望をスーツケースにつめこんでいた矢先、航空会社から、「イラン人だから」という理由で搭乗を拒否されたらしい。

Zaraに泣きながら電話してきたんだって。

 

Zaraもそれを聞いて苦しかったって言ってた。

 

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そして、プラハでもう1人、イラン人の方に会ったんだ。

その方はZaraの友達で、今はプラハでラジオ局に勤めている人だった。

 

一緒にご飯を食べていて、いろいろ仕事のこととか今までやってきたこととかを聞いていた中で一番衝撃的だったことは、

 

「イランには一生帰れないんだ、アメリカ系の会社に勤めているから」

 

っていう事実だった。

 

イランに帰りたいけど、もし帰ったらスパイと疑われて命が危ないから、もうここ十数年帰ってないんだって。そしてこれからも帰れないらしい。

 

だから家族がいつもチェコに来てくれるんだ。

さみしいけど、自分の可能性を広げたかったし、自分で選んだ道だからね。

でも、本当にイランは大好きだし、いつか絶対に戻りたいって思ってる。難しいことだけど。

 

って言いながら、彼は自分の犬を優しくなでた。

 

この犬は、イランで飼った犬なんだよ。

こいつといると、イランでの思い出を思い出すんだ。

 

 

人生で大事なものってなんだと思う?って聞いたら、

HOME

って返ってきた。

 

 

帰れるHOMEがあるってことは、当たり前ではないんだな…。

 

 

国籍が夢を潰したりする世界があるということ、

自分のふるさとに帰れなくなる世界があるということ、

そしてそれは全く遠くの世界ではないということを、目の当たりにしました。

 

 

私がそういう状況に置かれたら、どう思うんだろう。

自分が生まれた国を恨んでしまうのかな、世界を変えてやろうとアクションを起こすのかな。わからなかった。

 

 

この世界が大事にしているものってなんなんだろう。

人の中身、性格よりも、その人の「国籍」や「民族」や「宗教」が最近より重視されて始めたように思う。

良いことなのか、悪いことなのか。

国益を守るための正義なのか、差別的で排他的な悪なのか。

グローバル化という言葉が讃えられていた頃からの反動なのか。

いろんな見方があるから、簡単にright,wrongに仕分けられる問題ではないとは分かっているけど。

 

国籍とか民族とか宗教っていう大事なアイデンティティのひとつが、時にジャッジされるラベルとなって悲しい思いをしている人が世の中にたくさんいることを、忘れてはいけないな、と感じています。

 

 

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100%のフルーツジュース!

 

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中にはアイスが入ってるよ!

 

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これはスターバックスのドーナツ。

このスターバックスは丘の上にあって、とってもいい眺めなんです!

街を一望できます。

 

 

Zaraとゆっくり街を歩いていて、地元の人と仲良くなったり、適当に道を歩いていたら迷子になったけど思いがけず素敵なオルゴールのお店を発見したり、店員さんとプラハの歴史について語ったりして。なんだかとってもわくわくが多かった旅でした。

 

 

「旅も人生も、予定を立てすぎちゃだめだと思うの、小さな偶然が起きるためのスペースを持っとかなきゃね」

 

 

2人で予定をがっちがちに立てず、北の方に行ってみるか〜、ってかんじで街をプラプラ歩いていたら、あるおじさんと仲良くなって、教会でのコンサートに呼んでくれたんだ!

 

ちょっとチケットも安くしてくれて、おまけに最前列に座らせてくれた。

 

パッヘルベルのカノンの生演奏を聞けて、涙ちょちょぎれそうになりました。

自分の名前の由来であるこの曲をプラハで聞けるとは。

 

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あと、心理学を勉強している彼女曰く、旅はたくさんするといいらしい。

 

目の前の道を曲がろうか、まっすぐ行こうか。

どうやって目的地まで行こうか。

誰に話しかけようか。

 

常に選択することが求められる。

 

そして、旅の中で、人と関わって、その土地の文化や価値観を吸収して、自分の持っているものと照らし合わせて、自分の価値観がまた作られていく。

 

判断力や行動力、コミュニケーション力が鍛えられるんだって。

 

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選択すること、

自分がどこにいるか把握すること、

そして積極的にソーシャライズすること

この3つは本当に大事なものだなぁーって、このプラハの旅で思ったよ。

 

これは旅だけじゃなくて、人生全体にも言えることだよね。

 

Zaraは、人生で大事なのは「とにかく今いる環境、今起きていることを楽しむこと」とも言ってたなぁ。

 

 

スウェーデンに留学できて、こうやっていろんなバックグラウンドを持った人と話ができて、自分の歩んできた道をちょっと振り返っては、これからどういうふうに歩いていこうかなーって考える機会にあふれているこの環境に感謝しなきゃだね、って話していました。

 

 

イランの公用語であるペルシャ語で、ありがとうは「مرسی۔」って言うんだって。

メルシーと発音するよ。フランス語と一緒だ!

ペルシャ語は、東洋のフランス語とも呼ばれてるらしい。ほぇ〜

 

 

メルシーZara!イランでまた会おうね!

 

 

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小学校で、日本の文化を紹介する授業をしてきたよ!

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日本の文化を紹介する授業を小学生にしてきました。

そのあとに、生徒からこんなかわいいお手紙もらった。

 

 

大砲かぁ〜!

 

ギャグセン高いなぁ!

 

 

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視察し終わった後、「日本のこと紹介する授業してくれる?」って先生に言われて、

(あ、今日は視察だけじゃないのか!焦 って思ったけど)

だいぶ前に見た、すっごくクールな日本の動画を思い出し、

それをみんなに見てもらうことにしました。

 

 

その動画を始める前に、集まった生徒40人くらいに、(小学3〜5年生)

「日本って聞いて思い浮かべるもの、日本のことで知っていることある人!」って聞いてみたんです。

 

 

「東京が首都」「人が多い」「通貨は、円」「すっごく親切」「寿司」「忍者」

ポケモン」「アニメ」「マンガ」

 

 

そんなかんじでした。

 

 

「日本は、みんなが今言ってくれたように、小さい国だけど人口が多くて、ユニークな文化を持っているんです。今から見てもらう動画は、Japan- Where tradition meets the futureっていうもので、日本のモダンな部分と、ずっと受け継がれている伝統を紹介してます。これを見て、ちょっとでも日本に興味がわいたり、知らなかった日本を知ってくれると嬉しいなぁ」

 

って言ってから、見てもらった3分くらいの動画がこちら。

スピード感があって、ジェットコースターに乗りながら日本をかけめぐっている気分になります。ぜひ、見てみてください。

 

 

www.youtube.com

 

 

部屋を暗くしてもらって、ホワイトボードにプロジェクターで映し出してもらいました。

 

子どもたち、食いつくように動画を見てました。

うしろでちょっかい出し合ってた男の子たちも、ピタリとやめて、動画をじっと見てた。

この動画を選んでよかったなぁって思いました。

 

 

動画を見てもらったあと、みんなの「すげぇー」って反応でクラスの気温が数度上がったよ。

 

 

何かコメント・質問ある人はどうぞ!って聞いたら、

手がバンバンあがりました。

 

 

「めっちゃくちゃ日本行きたくなった」

「日本って遠い国だけど、すごくおもしろそう、行きたい」

「こんなに自然があるとは思ってなかった」

ポケモンは動画に出てこなかったね!笑」

 

 

そのあとは質問の嵐でした。

 

 

「日本の島は何個あるの?」

「平均気温って何度くらい?」

「北と南ではどういうかんじで違うの?」

「日本で一番人気なアーティストってだれ?」

「人口はどのくらい?」

「宗教は?」

「日本でよく出るポケモンGOポケモンは?」

「日本で一番飼われている犬の犬種は?」

スウェーデン語は29個の文字があるけど、日本語は何個あるの?」

「中国語と、日本語の漢字の違いはなに?」

「クジラを食べるってほんと?」

「忍者はまだいるの?」

「ビルがたくさんあるイメージだけど、静かなところもあるの?」

「学校制度はどんなかんじ?」

「日本のパソコンのキーボードってどうなってるの?」

「一番人気な任天堂のゲームの種類は?」

デジモンポケモン、どっちが好き?」

進撃の巨人見たことある?」

「なんで日本人はそんなに丁寧なの?」

「ネオ東京ってなに?」

「シャンハイって日本の都市?」

「ITが盛んなのはなんで?」

 

…などなど。ちょっとはみんな興味持ってくれたかなぁ😊

 

私は、雑学王に出てる気分でした。笑

これをちゃんと英語で答えて伝えないと、間違った情報をみんなに渡すことになっちゃうので、けっこう慎重に答えてました。たまにぐぬぬってなる質問もあったけど。

 

 

一番おもしろかった質問が

「昔、めちゃくちゃ変な日本のアニメを見たんだ。

名前はたしかヘムテウロウとかいうやつで…知ってる?」

 

 

へ、へ、へむてうろう??

 

なんじゃそりゃ。

へむてうろう、へむてうろう、へむてーろう、はむてーろう、はむたーろう、、、

 

ハム太郎かぁ!

 

 

      \てへっ!/

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このハムスターのことか!!

 

私が幼稚園に行ってたとき、ドハマリしてたんだった。

ハム太郎の指人形とか必死で集めてたなぁ。

ボードゲームまで持っていたっけ。

 

 

まさか、スウェーデンの子が、かなり前に流行ったハム太郎を知っているとは!

 

 

こうやって他の国に住んでいる人の日本に対するイメージを聞いていると、

あぁこうやって日本は捉えられているんだなって分かって。おもしろい。

 

 

あと、トトロはみんな知ってて、みんなトトロのこと大好きってかんじでした。

 

トットロ〜トット〜ロ!」って歌が始まるほど。

 

 

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みんなの名前をホワイトボードに書いていったら、みんながスマホで写真を撮り始めたよ。

 

縦書きもするんだよーって縦に「ありがとうございます」って書いたら、

「Whaaaaaat!?」ってどよめきが。

そりゃ珍しいよね。

 

 

そのあと、おりがみ教室を開きました。

 

 

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鶴を折ったよ!

 

折り紙もこっちではあまり売っていないようで、わぁぁきれいな紙!って言いながら好きな色の折り紙をみんな取っていきました。

 

 

折り紙って、集中力が試されるし、出来上がった時の反応が WOW! の連発で達成感もあるから、私も楽しかった。

 

 

折り紙をみんなで折ったあと、何人もの生徒が手紙を渡してくれました。

 

 

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Google translation、いろいろ惜しい! スウェーデンは大好きです。

 

 

 

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今後のためにちょっと大きな感謝された!嬉しい!

 

 

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ありがとう!!本当にほっこりしたよ。

家に帰り、もらった手紙や折り紙を見て、余韻に浸ってました。

 

人懐っこくて、本当にかわいい子たちだったなぁ。

 

 

お世話になった先生に、

生徒たちには、どんな子どもに育ってほしいんですか?って聞いてみたら、

 

「そうね、やっぱり自分の頭でちゃんとクリティカルに物事を考えることができる子になってほしいわね」

って返ってきた。

 

前に行ったフィンランドの小学校でも、同じような答えが返ってきたんだよ。

 

 

日本の教育は、こっちの学校よりも「協調性」重きを置いている気がするなぁ。

 

それと同時に、協調性を大事にしすぎて出る杭は打たれる教育社畜になる普通の日本人”を生産する教育、日本の教育は宿題が多くてそれをこなすためだけのロボットみたいな教育だ、などの批判がなされているのも事実。

 

 

うーむ。

日本の教育がすべてが悪いわけじゃないんだよなぁ。

生徒が教室の掃除をする学校は、世界でも注目されている。

自分で物事を考える力とか、発言力を養う部分はたしかに欠けているけど、

みんなで協力したり、相手の話をきちんと最後まで聞いたりする力だって、大事だよね。

 

日本の教育だめだめじゃん!って思ってたけど、

まぁ実際だめだめなところたっくさんあるんだけど、

専門家でもない私がぶーぶー批判してるだけなのもいやなので、

実際に他の教育がどんなもんなのかを自分の目で見て、

他の国が持っているよいところは吸収して、

それをいいかんじに導入できたらなぁって思って、

スウェーデンに来たんだよなぁ。

 

 

ちょっとずつだけど、たくさんのヒントをもらってる。

この環境に感謝しなきゃだ。

 

 

教育は、人の土台になるからね、大事だよね。

 

 

日本の中でもある学校の方針が批判されたりしているのを見て、

教育ってなんのためにあるんだろう。

教育の本質って、なんだろう。

良い教育ってなんだろう。

って考えてました。答えはまだはっきり出てないです。

 

 

でも、この学校からはいろんなヒントを得られたし、また来てねって校長先生に言われたので、また学びに来ようと思います。素敵な機会をありがとうございました!

 

 

明日もいい1日になりますように!

学校視察に行って、充電された1日

 

 

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子どもたちに元気をたっくさんもらった1日でした。

 

ルンドにある小さな学校、FREINETSKOLANっていう学校を訪問してきました。

ついでに日本の文化を紹介する授業もしてきたよ!

 

今学期取っているある授業の教授Tobiasと仲良くなり、一緒にお昼ごはんを食べていた時に、私がスウェーデンに来た理由とかいろいろ話していたら、Tobiasの娘さんがかよっていた学校を紹介してつなげてくれました。

 

 

Tobiasにはもう感謝しかありません。頭が数ミリたりともあがらないよ!

スウェーデンでは先生と生徒との上下関係がなくて、first nameで呼ぶんです。

〇〇教授、prefessor って堅苦しい名前では呼ばないから、すぐ仲良くなれる気がするよ。

日本でも(高校生の時かな)あだなで呼んでた先生の方が親近感がわいてたなぁ。

いろんなことを話して、Tobiasも教授である前に、ひとりのお父さんなんだなぁって思った。

 

 

訪問した学校のクラスをのぞいたら、本当にあったかかい雰囲気がありました。

生徒は先生のことをもちろんfirst nameで呼んでいて、先生が大きな家族のママみたいなかんじだった。

 

どんな学校だったか、レポートしていくよ!

 

 

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学校の名前は、”Freinetの学校”って意味です。

Freinet(フレネ)とは、Celestin Freinetっていう今から100年前に生きていたフランスの教育者の名前が由来。

 

フレネ教育学は、教育界にすんごいインパクトを与えたんです。それというのも、今までの先生が中心になって教科書通りの教育をしていたスタイルをぶち壊したから。

 

フレネ式の教育は、子どもたちがまず学びの主体。

日本ではモンテッソーリとかシュタイナーほど有名ではないけれど、

子どもたちの学びたいって気持ちや好奇心を一番大事にする教育スタイルです。

 

フレネ教育の特徴は、

子どもが感じたことを表現する機会が多い

学習プランは自分でたてる。

自分で学ぶ力をつける。

ってかんじかなぁ。

 

教科書は使わないことが多いみたい。

この学校では、自分たちの自由プロジェクトとなるものをやってるんだって。

毎日自由時間があって、その自分がやりたいと思ったプロジェクトを、自分で配分を考えて進めていくらしい。

ある子は映画を撮って、学期の最後にみんなに向けてプチ上映会を開いたり。

毎日文章をこつこつ書いて、ひとつの本を作った子がいたり。

 

「自分で決めたことを、最後までやりきる。最後には披露するから、自信がつくんだ。」

って先生が言ってた。授業参観的な、親が学校に来る日にお披露目するらしい。

 

 

他には、自分が興味あることについての新聞を作るという授業もあるみたいです。

自分のやりたいこと、興味のあること、知りたいことにまっすぐになれる時間で、めちゃんこ楽しいんだ!って生徒が言ってた。

 

 

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そして驚きだったのが、宿題がない!

なんでですかって聞いたら、

「家でやる宿題を出すと、親が子どもに時間をたくさん割ける家庭と、そうでない家庭で差が出ちゃうからね。それは不公平だから、宿題は出さない。代わりに授業中にそういうエクササイズをやるんだよ。」

と返ってきました。ほぉぉ。

 

 

夏休みとか、冬休みとか、そういう長期休みでも全然宿題はないんだって。

 

私は宿題を最後までためておくタイプだったので、8月30日くらいから白目むきながら莫大な量の宿題をやってました。

枯れた朝顔みたいになって新学期登校してたなぁ。

 

だから、宿題がないって、本当に素敵なことだと思えたよ。

(計画的にやればいいだけのことだけど…笑)

 

 

あとは、自分の学習プランを自分で作って、先生に提出するんだとか。

自分で学ぶ力、計画する力をつけるのを意図しているよ。

 

 

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ルンドにある高校に行ったときは、みんな土足だった気がしたけど、ここではみんな靴下で歩いてた。うわばきがない学校だったよ。

 

 

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学校に入って普通にどこに行けばわからなかった朝。

あるクラスにいた先生に恐る恐る、

「今日の朝から視察のアポを取ってた、かのんです!」って言ったら

「Oh あなたがかのんね!おけ!誰か、学校案内したい人いる?」

って席についていた生徒みんなに聞いた。生徒は5年生の子たち。

 

 

手がばばばばばっとあがった。

びっくりした。

学校案内を、生徒にやらせるんだ!

みんな朝礼中か授業中だったのにいいのかなって思ったけど、2人の生徒が私に学校を案内してくれた。

 

 

ぽっちゃりメガネの男の子、Sebastionと、眉毛が凛々しい女の子、Esma。

2人とも普通に英語話せてた。

先生から渡された万能キーみたいなものを首からさげて、たくさんのドアをあけくれました。頼もしかったなぁ〜!

 

 

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これは、おしゃべりできる小さなラウンジ。

口の中がすーすーする色ですね。

 

 

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これは1歳〜3歳の子の教室。

そうそう、この学校には、1歳半の子から入れるみたい!

preschoolと呼ばれるのが、1歳半〜5歳。

F-anという、小学校の前に1年間準備期間みたいなのがあって、

そのあと普通の小学校に入る、ってかんじ。

 

たくさんの絵が飾ってあった。

なんだか全員天才に思えるのは私だけかな!笑

 

 

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もちろん教室には色えんぴつとか、つみきとか、車とか恐竜のおもちゃがたくさん置いてあった。日本の幼稚園と一緒だなぁって思ってたら、2体の人形を発見。

 

黒人の赤ちゃんだ〜!(初めて見た)日本では、いないよね。

 

多民族国家スウェーデン。赤ちゃんから、その多様性を垣間見ることができたよ。

 

 

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小学校低学年の子に人気な本なんだって。

どんな本?って聞いたら、探偵の男の子の話らしい。

私が小学校の頃、かいけつゾロリとか読んでたなぁ。なつかしい。

今の子も読んでいるのかしら。

 

 

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「教室で学ぶことには限りがあるから、外に出て、みんなで散歩したりします。」

 

スウェーデンに来てから、道をぞろぞろと歩くスキーウェアを来たちびちゃんをよく見かけていました。冬でも、元気にお散歩してます。

 

 

寒いから、みんなスキーウェアみたいな服を着ているんだけど、

みんな着込んでるから丸くなって、ころころしててかわいいんだ本当に。

 

 

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さすがスウェーデンと思ったのが、

外に出てお昼寝!!!…さっむ!!

寝袋を各自で持ってくるらしい。

これはpreschoolの子たちの小屋(?)です。

 

 

お昼寝の時間になったら、寝たい子は寝て、寝ない子は寝袋の中で本を読んでました。

とにかく自由。

先生用の寝袋もちゃんとあって、先生も寝るらしい。すんごい自由だ。笑

 

「寝袋あったかいし、寝心地いいんだよね。でもハッと起きては、みんないるかな!?ってよく焦るよ、あはははは」

 

 

いい仕事だな!

 

 

 

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作ったものは、全部飾っているようです。

廊下が小さなギャラリーみたいになってた。

 

 

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これは、図工室。自分で作った作品は、自分の棚の中に入っていました。

 

 

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お昼ごはんは、2,3歳の子たちと一緒に食べました。

ラザニアらしき物体を食べたよ!

離乳食とまではいかないけど、かなりやわらかめだった。おいしかった!

 

 

10人くらいのクラスを、2人の先生が担当していました。

みんな私にスウェーデン語で話しかけてくれるんだけど、さっぱりわかんないから、私も日本語で「そっかそっか〜おいしいね〜」って適当に返してた。

 

 

ラクトースフリーの子がいたんだけども、その子には特別にラクトースフリーのラザニアが用意されてました。スウェーデンにはラクトースフリーの食べ物がたくさんあります。

 

 

水こぼしたり、ナイフで遊んだり、途中で床にねっころがったり、歌いだしたり。

先生も大変そうだったけど、クラス自体が小さいから、全員に目が行き届いてた。

 

 

そんなかんじで午前中は終わりました。そして発見多し。楽しい!

そして先生たちがみんな本当に優しくて。泣けた。

お手伝いすることありますかって聞いたら、子どもたちと遊んでて〜って言われ、

キャッキャと楽しく遊んだよ。

 

小さい子って、なんでこんなにかわいいんだ。

天真爛漫な姿を見ていて、元気が溜まっていきました。

 

 

午後は日本の文化を小学校中〜高学年の子にプレゼンしてきたよ!

長くなっちゃうから一回ここで。

 

つづく

帰国まで、残り100日!

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日が沈むのが、だんだん遅くなってきました。

 

春分の日を越えて、春が、やっと。

 

ずっと待ってたんだよって、ぎゅーっとしたくなります。

 

部屋からの景色をちょっとぼかして撮ってみたら、

 

スパンコールを散らしたみたいになった。

 

ひとつひとつのあかりの向こうに、人がいて。

 

家族か、友達か、恋人か、わからないけど、

 

あたたかい小さなひかりを見ていると、

 

なんだかすごく平和な気持ちになる。

 

そして、少し、家族のあたたかさが恋しくなったりします。

 

家に帰ったら、「ただいま」って小さな声で言いながら靴を脱ぐ。

 

でも「おかえり」って声は、聞こえてこない。

 

朝に紅茶を飲んだマグカップが、置いてある。

 

朝から時が止まっていたかのように、静かで、そのまんま。

 

音楽をかけて、掃除をして、食器を洗って、ごはんを作り、

 

今日はなにしたっけな。明日はなにをしようかな。

 

と考えてたら、この前は野菜が焦げてた。

 

まぁまぁおいしくできたかな、と思いながら食べるオムレツや

 

失敗したーって、眉間にしわを寄せながら食べるスープ。

 

自分で作って、自分で食べる。

 

それが日常になって、ふと、

 

お母さんが作る豆腐とわかめのお味噌汁が恋しくなったりする。

 

「おいしいね」「よかったぁ」

 

「今日のお肉はちょっと高かったの」「やっぱり!」

 

「りんごとなし食べる?」「いる!」

 

「歯にのりついてるよ」「え、うそん」

 

 

ひとりで暮らし始め、そんな会話がなくなって219日がたった今日、

 

しみじみとそんな会話ができるのは当たり前のことではないんだなぁと。

 

家族と同じ机を囲んで食べたごはんは、かれこれ7ヶ月前。

 

日本に帰ったら、おいしい手料理、食べたいなぁ。

 

そして、今日で日本に帰国するまで100日を切った。

 

あと100日しかないんだけど、

 

あと100日もあるんだって考えて、

 

やらなきゃいけないことと、やりたいこと。

 

しっかり見つめて、こなすこと。

 

弱いところがあるのは、この私が一番よく知ってるから。

 

たまには逃げてもいいと思うんだけど、

 

ぐっとふんばって、立ち向かう時だって必要。

 

たまには泣いていいんだと思うけど、

 

ぐっとこらえて、前を向く時だって必要。

 

疲れたら、ちょっと逃げて、ちょっと泣いて、笑えばいいけどね!

 

帰国したときに、自信をもって留学してよかったと言いたいし、

 

留学させてくれてありがとうと言いたい自分がいるから。

 

すべては100日後の自分のため。

 

頑張ります。

 

ってことで、明日はあったかトマトスープ作るよ!

 

トマトはリコピンたっぷり、お肌にもよいんだって。

 

そんなことを考えながら、ひとつのスパンコールを消しました。

 

明日もいい1日になりますように!

 

 

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アイルランドでひとり旅!まとめ編

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ダブリンの、colimore habourってところ。

 

私が大好きなアイルランド映画「sing street」の舞台になったところです!

 

この映画、とにかく音楽が素敵!

元気が出る青春映画なので、ぜひ観てください。

私はもう4回観てしまいました。スウェーデンに来る時の飛行機の中でも観ました。

 

 

ちょうど雲がパンのようにちぎれて、

間からパーって広がった青空が、雨の敷かれた地面に映って、本当に綺麗でした。

 

思わず撮っちゃった。

 

 

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かもめが飛んでて、海の音が聞こえて、

ただただ、心がゆっくりと休める時間と空間がありました。

 

ここに連れてってくれたのは、同じ早稲田からダブリンに留学している友達、いじり。

彼の生き方は、やりたいことにまっすぐだった。

 

 

大学1年のとき、東南アジアをバックパッカーとしてまわって、

ダンスバトルで勝ち抜いて、みんなからお金をもらって、

そのお金で次の旅をするっていうわくわく満点の話を聞いた時は、

こんなおもしろい人いるんだ!って思ったなぁ。

 

 

写真や映像を撮るのが上手で、今はそのプロジェクトを進めているって話とか、

日本に帰って早く現実に向き合いたいってこととか、

彼の人生のゴールについて聞いたりして、

すごい刺激を受けた。ちゃんと将来のこと考えてた。

 

 

私は今なにができているのかなぁ。

私は将来なにをして生きていきたいのかなぁ。

なんて考えさせられました。

 

 

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海辺で食べたアイス。甘ったるかった。

 

ダブリンの海辺らへんは、お金持ちの方々が住んでるんだって。

夏になったらもっと綺麗なんだろうなぁ。

ダブリンいい街やぁ。

 

 

ありがとういじり!!

QOL高まったよ、また日本で会おうね〜!

 

 

▼彼の作ってる素敵な動画! めちゃくちゃよいので、ぜひ!!

 

www.instagram.com

 

 

 

 

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こんなところにも足をのばしてきたよ。

Trinity collageっていう大学の図書館。

この大学はエリザベス1世によって作られた、アイルランドで最古かつNO.1の大学。

よっ、名門!

 

 

創立した時は、プロテスタント(国教会)の人だけが入学していいことになっていたんだけど、18世紀にアイルランドカトリックの差別が撤廃されて、1793年にはカトリック教徒の人も入学していいことになったみたい。

 

 

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古い本のかおりで溢れてた。

 

上の階までびっしりと本が収納されてて、なんだろう、

1冊でも本を抜き取ったらその秩序が崩れてしまいそうな、そんな緊張感もありました。

 

 

そうそう、この大学には、世界で一番美しい本と言われているアイルランドの国宝「ケルズの書(The Book of Kells )」があるんです。

 

 

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写真撮影は禁止されていたので、この画像はウィキペディアから。

 

 

ケルズの書は、縦33cm、横24cmの大きさの、ケルト文様が施された典礼用の福音書

福音書が収められています。

 

福音書は、マタイによる福音書、マルコによる福音書ルカによる福音書、そしてヨハネによる福音書の4つ!

 

 

ケルズの書は、今から1200年前、8世紀に作られた、聖書の手写本。

丁寧に手書きで書かれた本なんです。

じーーーっくり顔を近づけて、本物を見たんだけど、美しい本でした。

 

 

色が鮮明だった。

朱色っぽい赤、深い金色が主に使われていて、文字が綺麗に並べられていて、一冊の本を書き上げるのにどのくらいの月日が必要だったんだろうと思うと、気が遠くなった。

 

 

グーテンベルク活版印刷機を発明したのは15世紀で、それまでは手で本を書いていたんだと思うけど、いやぁすごい。本物を見たら、鳥肌立った。本当に丁寧に作られていました。

 

後世に伝える価値がある記録物だとされて、ユネスコ記憶遺産にも選定されてるよ。

 

 

近代のアール・ヌーヴォー装飾美術にも影響を与えたんだって。

 

デザインは、死なないんだね。

いろんなところに影響して、生き続けているんだね。しみじみ。

 

 

ひとりでゆっくりまわることができました。

 

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たまたま入った小さなミュージアムが、その日たまたま無料だった!

壁は、ポスターや写真などでいっぱいだった。

 

 

 

ここでも、アイルランドの人はイギリスからの独立を誇りに思っていることが感じられたよ。

 

 

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おしゃれな建物をぷらぷらと見ながら、ホステルに帰りました。

2段ベッドの下に泊まっている人と仲良くなったよ。

 

 

彼女は、6年前にボツワナからアイルランドに来て、ナースとして働いている人だった。私のお母さんと同じ年で、息子さんも私と同い年だった。

 

 

いろいろ話をしてくれたんだけど、いやぁおもしろかった。

 

みなさんボツワナってどこにあるかわかりますか?

私はまったく知りませんでした。。。

 

 

ごめんボツワナってどこにあるの?って聞いたら、

南アフリカの上にあるのよ〜

緑もあるし、砂漠もあるし、とにかく綺麗なところだから行ってみてねって言われた。

 

 

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ボツワナは隣の国南アフリカよりも一人あたりのGDPが高い国で、

人口は200万人ほどの、こじんまりとした比較的平和な国。

1966年に独立してからすぐ、国内で世界最大規模のダイヤモンド鉱山が見つかって、その収益がインフラ、医療、そして教育に回されて経済が発展しました。

独立以来、クーデターや内乱は一回も起こってない国です。

 

 

どこから独立したかというと、イギリスアイルランドと一緒だね。

 

 

彼女の英語がとっても流暢だったので、アイルランドに来て英語を学んだの?って聞いたら、「ツワナ族が国民の多くを占めてるから(調べたら70%ほどだった)ツワナ語をしゃべる人がほとんどだけど、英語もボツワナ公用語なの。授業も英語でやるから英語は話せないとやってけない」って教えてくれました。

 

 

ふんふん。なるほど。メモメモ。

そして、自分が歴史を知らないことを改めて実感。。。

 

 

ボツワナの政府は教育に力を入れていて、15歳以上の国民の識字率は80%を超えています。これは世界的に見ても高い方。

 

 

息子さんはとっても賢いようで、政府から奨学金をもらってロシアの大学に通っているんだって。

 

 

日本は死ぬまでに一回は行ってみたい国なの。今働いて、お金貯めて、絶対日本行くから!寿司食べる!

 

私もボツワナ行きたい!!砂漠で星見たい!野生のキリン見る!

 

 

夜も更けた時だったので、寝てる人を起こさない程度に、2人でexcitedしてました。

 

 

名前、長くて忘れちゃった。。。

とっても心が若い人だったなぁ。

 

 

いやぁ、まさかアイルランドで、寝る時にボツワナのことで頭がいっぱいになるとは思ってなかったよ。

 

 

ボツワナについてたくさん教えてくれてありがとう!

 

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そんなこんなで、アイルランドのひとり旅、楽しかったです。

 

学んだなぁ。

 

 

アイルランドだけじゃなくて、そこでたまたま出会った人と話して、

その人の国や文化を知れるのは、本当におもしろい。

 

 

そして感じたのが、私は日本人でよかったなぁということ。

日本はこういう国なんだよって紹介してるとき、

日本っていい国だなぁ。って毎回思ってました。

 

 

日本絶対来てね、クールな国だよ!

って、言えるのは、当たり前のことなのかな。

 

私自身、そう言えることが、嬉しかったです。

 

 

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日本に帰国してからやりたいことも、少しずつ見えてきました。

 

アイルランドに来てよかった。

 

明日もいい1日になりますように!

アイルランドでひとり旅!崖っぷちで出会ったアルゼンチンの3人組編

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アイルランドの西側にある、モハーの断崖に行ってきたよ。

 

アイルランドの大自然を堪能できると聞いたので、ツアーに参加してきました。

 

真東から真西に、アイルランドをバスで3時間かけて一直線に横断。

 

みるみる窓の外の景色が自然で溢れていき、青くなっていって、

なんも考えずに、ぼっけーーとしていました。

 

 

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途中から雨が降り始めて、足元がぬちゃぬちゃしてきた時に撮った写真。

 

柵もなにもないので、強風が吹いた時は、本当に海にぽちゃんと落ちてしまうのではないかと思った。

 

 

下を見た時、思ったよりも高くて、ぞくぞくぞくってした。

足の裏が、むずむずむずってした。

200mくらいの標高らしい。

 

 

高所恐怖症の方にはおすすめしないよ!

 

 

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人が、豆!

 

自然の偉大さを感じたよ。

 

 

前にあるのは、大西洋

 

 

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この断崖の先っちょのところで、アルゼンチンから来てた3人組に会いました。

マルコ、マルコ、ゴンザロ。

マルコが2人いたので、

マルコ1、マルコ2、ゴンザロ。って呼んでました。

 

 

上の写真を撮ってもらってる時、

 

マルコ1「もっと前に出ろ!

私「いやだ!

マルコ2「もっと端に行け!

私「風吹いてきた!いやだ!

マルコ1「あともう2歩!

私「NOOOOO!!

 

 

ゴンザロは、ゲラゲラ笑ってた。

 

 

写真では私笑ってるけど、本当はかなりひきつってる。

 

つるって滑るのが、すごくこわかった。。。

 

 

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これは、雨で侵食された岩がたくさんあった高原。

 

何万年もかけて作られたんだって。

 

雨の一粒一粒が、石に穴をあけるって、普通に考えてすごいことだなぁって考えながら歩いていました。

 

 

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なにかを考えている風の写真。

 

(実際お腹ぺこぺこで、お昼ごはんのこと以外なんも考えてなかった。)

 

 

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その後は、ゴールウェイという街に行ってきた。

 

小さい街だけど、ゴールウェイの言語や音楽、歌、そして踊りの伝統はとってもアイリッシュってかんじで特徴があって、「アイルランドの2言語の首都」という異名も持つらしい。

 

 

アイルランドは今はみんな英語をしゃべっているけど前はアイルランド語があって、ゲールタハトと呼ばれる”アイルランド語使用地域”の入り口なんだって!

 

 

街の中の看板が、アイルランド語書いてあってなんて読むのか分からなかったり、

道の標識も、英語っぽく見えるけどよく見たら違うな、というのを何回も経験しました。

 

 

アイルランド語で行われている劇場やテレビ放送もあって、アイルランド語に関する感動や行事への関心をアップさせているみたい。

 

 

同じ授業を取っているアイルランド出身の子が

アイルランド語ってほんと退屈だよ、どうせ将来使わないのに学校で学ばなきゃいけなくてさ。アイルランド人にとって、アイルランド語は今はもう使われてないラテン語を学ぶのと似てる。」

ってぶーぶー言ってたなぁ。

 

 

公務員試験などではアイルランド語の試験でマストらしい!

でもゲールタハト以外のところでは、学校で習った後は、忘れ去られちゃうことが多いんだって。

 

 

あと面白いなぁと思ったのが、語順が、VSOってこと。

D’ith an madra an bia (犬はごはんを食べた)

という文は、

「食べた・犬は・ごはんを」

という順番で構成されてるよ!ほぇぇ

 

 

日本語とも英語とも違う。

学ぶのは、ちょっと難しそうだなぁ。

 

 

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仲良くなったマルコ1、マルコ2、ゴンザロと一緒に、アイルランドの黒ビールを飲んできた。

 

GUINNESS頼もうか!ってなって、マルコ2が指を2本唇に挟んで

「ピューーー!」って口笛を鳴らした。

 

あれ、店員来ないなぁ。って言って、マルコ1も一緒にピューってやったら、

こめかみにムカつきマークを2つほど浮かべた店員さんが私たちの机に来て、

 

 

「ここではホイッスルで人を呼ぶのは本当に無礼なことです。普通は店を追い出すから。他のところでもホイッスルしないで。(ムカつきマーク✕3)」

 

って言われてしまったよ。あわあわしてしまいました。

 

 

「ごめんアルゼンチンではいつもこうやってウェイターを呼ぶ文化なんだ。マナーが悪いとは知らなかったよ。」

と、すかさず謝るゴンザロ。

 

 

そのあとちゃんとGUINNESSが出てきたからよかった。

 

 

日本はどうやって店員さんを呼ぶの?って聞かれて、

手をあげたり、ちょっと声をかけたり、あとはベルをチンって鳴らすかな。って言ったら、

ベルを鳴らすんだ!へぇ〜〜!って感動(?)してたなぁ3人とも。

 

 

 

店員さんの呼び方も、国や文化によって、いろいろだね。

 

 

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うーーーん、苦いネ!!

 

 

 

 

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カラフルな街でした、ゴールウェイ。

 

ギター一本持って、街中で歌ってた中学生くらいの男の子、上手だったなぁ。

 

 

そこから3時間かけてバスでダブリンまで戻りました。

みんなでアルパカの話で盛り上がったり、

タンゴの魅力と難しさを教えてもらったり、

ペルーのマチュピチュは本当にやばい行ったほうがいいって説得されたり、

3人の17年築いていた仲の良さを語ってもらったり、

スペイン語を教えてもらったり。

 

 

あっという間でした。

 

 

アルゼンチン来る時は絶対連絡してね!

日本来る時も連絡してね!ばいばーい

 

と言って3人と別れたあと、

メッシのこと聞くの忘れたなーって思った。

 

 

 

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アルゼンチンの人、人生で初めて会ったんだけど、

本当におもしろい人でした。

 

 

これから「アルゼンチン」って言葉を聞くと、

この3人との小さな思い出を思い出すんだろうな。

太平洋の向こう側にあったアルゼンチンが、日本にちょっと近づいた。

 

 

日本行ってみたいって言ってくれたの嬉しかったなぁ。

あの3人も、「日本」って言葉を聞いたら、私のことを数秒くらい思い出してくれるのかしら。

 

 

 

こうやって世界中に友達を作ったら、

世界が本当に小さくなるんだろうな。

 

 

なんだか、ひとりたびって、ずっとひとりなんかなぁって思ってたけど、

たくさんの人と話せて、いろんなこと学べる旅にもできるんだなぁって思った。

 

 

そんなことをユースホステルの2段ベッドの上でむにゃむにゃ考えながら、

ちょっと古びた天井の下で深い眠りについた1日でした。

 

 

明日もいい1日になりますように!