Canon越しの世界

スウェーデンでの生活を、自分の目とカメラを通して、ゆるく発信していきます

ターミナルで

 

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忘れもしません。

9月10日。日もとっぷりと暮れた、夜の10時。

今まで味わったことのない感覚を、私が味わった日。

それは、私の中の偏見が消えた瞬間に、立ち会った日でした。

  

 

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話はさかのぼり、6月の下旬。

 

タンザニアに来る前に、ヨーロッパをバックパックしていた時。

パリやブリュッセルで見た黒人の人に対して「こわい」と思っていたこと。

無条件にそういう感情を彼らに抱いてたこと。

それに気づいてしまった時、自分に対してものすんごい嫌悪感が襲ってきて、号泣したんです。

 

スウェーデンに留学して、いろんな人と会って、友達になって、人種とか国籍とか文化背景で人を差別・判断するracistって、なんなんだって思っていた。

彼らの思考回路が理解できなかった。

理解できないと思っていた。

 

なのに、人をこうやって見た目で判断している自分がいて。

人種差別をしている人たちと同じ思考回路を自分も持っているってこと

本当にショックで、泣いて泣いて泣きまくった。

 

 

思い切って、ポーランドユースホステルで、

私はパソコンの画面に映る人に、勇気を出して、自分の気持ちを打ち明けてみた。

 

私はこれからタンザニアに行くというのに、

黒人の方に対して「こわい」という感情を抱いていていいのかな。

うまく言語にできないんだけど、とっても自分が嫌だ……

 

ってことを、泣きじゃくりながら話した。

 

 

画面の向こうで

 

「こわい」って感情を持つことは別に悪いことじゃないよ。

その感情を否定するんじゃなくて、なんでそのような感情を持ったのか、考えてみるのが大事なんだよ。

 

って言ってくれた、ひとりの大人がいたんです。

タンザニアでのプロジェクトでいろいろ相談に乗ってくれていた方でした。

 

この言葉に、私は救われました。

足も届かない深い海で溺れている私を、ゆっくりと引き上げてくれたような言葉でした。

 

 

言葉って、すごいなぁって思います。

遠くにいても、画面越しでも、平面の上で活字になっても、

心に届いたら、ものすごく力になるからです。

 

私もそういう言葉を紡げる人になりたいなぁと思う今日このごろです。

 

  

 

じゃあ、私はなんで、こわいって思うんだろう。

そういえば、なんでだろう

 

 

考えた結果。

 

知らないから、こわいんだ。

 

って結論になりました。

 

 

じゃあ、とことん、知ろう。

 

 

初めてのアフリカである、タンザニアに行ったら、

たっくさん友達作ろう。

現地の人と、とにかく仲良くなろう。

誰よりも多くタンザニアの人としゃべって、価値観を共有して、文化を知ろう。

 

これが、ひとつの目標になりました。

タンザニアの学校や教育制度を学ぶことだけじゃない。

自分の中のもやもやを消すためにも、1ヶ月半でどれだけ現地化できるか。

これにかかってるな!

 

この涙を絶対無駄にしちゃいけないな。

 

って思ったんです。

 

 

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そんなことを決めてから、丁度1ヶ月後。

 

私はトイレの鏡に映る自分の姿を見ていた。

 

長いフライトの後で、顔もむくんでる気がする。

わくわくと、不安とが、入り混じっている、なんとも言えない顔をしている。

バックパックが、なんだか大きく見える。

あぁ。こんなちっぽけな自分が、ひとりでついにここまで来てしまったんだなぁ。と思いながら、歯磨きをしていた。

そして、水道水を口に含んだ時、水道水は絶対飲んじゃだめだと言われていたのを思い出し、「やばいっ、ここの水って安全なんだっけ?!」って瞬時に吐き出した。

 

変に心臓がどくどくしている。

 

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私は、タンザニアに行く飛行機に乗り換えするためにエチオピアアディスアベバ空港にいました。

その空港はアフリカで有数のハブ空港で、いろんな便が世界中に飛んでいます。

アジア人はほとんど中国人だった。ヨーロッパからの人もたくさんいた。

とってもインターナショナルなんです。

 

でもwifiが全然つながらない!

エチオピアの人に聞いたら、「下の階にあるターミナルに行けばあるよ」って言われので、言われたとおり行きました。

 

そのターミナルからはどこ行きの飛行機が出ているんだろう。

案内画面を見たら、全部アフリカ内の国だった。

 

 

エスカレーターを降りて、てくてくスマホ片手に歩いていたら、エスカレーターの方を向いて椅子がずらーーーーっと並んでいる待合室があって、座っている人はみんなアフリカ系の方でした。

 

そこでは当たり前の光景なんだけど、でも、ちょっと、びっくりした。

 

薄暗い中、白い目だけが浮かび上がってて、みんなが私のことを見てる。

見てる。見てる。えええすごい見てる。

 

 

 

 

 

こわい。

 

 

 

 

 

と思った。

 

思ってしまった。

 

体がぎゅっとこわばり、足が動かない。

 

ふっと金縛りがとけたような感覚を覚えて、

あ、wifiと思いながらスマホをいじったけど、wifiはつながらなかった。This is Africa!)

 

下のターミナルで持った「こわい」という感情。

 

まだ私は知らないからしょうがない。ってどこかで思いつつ、

なんだか悲しくなって、苦しくなった。

グミをちまちまと食べながら、

タンザニア行きの飛行機を待っていました。

 

 

そして、このエチオピアの空港のターミナルで今、自分が感じたことを、大事にしようって思いました。

 

 

これが7月の下旬のことだった。

 

 

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そして、約1ヶ月半のタンザニアの滞在を終えて、帰国する9月10日。

 

行きと同じで、エチオピア乗り換え。夜の10時。

 

私は、まったく同じ下のターミナルに行った。

そういえば下の階は通じるんだっけ。

wifiが通じないこと、すっかり忘れてた。

 

そして、エスカレーターを降りて、周りを見回した時、はっとした。

 

wifi通じないんだった!と気づいたわけではなく。

 

 

私、前にここに着たときと全然違う感情を持っている!

 

ということに。

 

 

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7月に初めてこのターミナルに来た時と同じで、たくさんのアフリカ系の人がいた。

私に視線を向ける人もいた。

 

でも、最初にこのターミナルに来た時に感じた「こわい」という感情が、その時には全くなかったんだ。

 

私の頭には、タンザニアで出会った人が、浮かんでいた。

そして、「またここに帰ってきたいなぁ」と思っていた。

  

 

出会ったたくさんの学生。

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私の授業に真剣に参加してくれた生徒たち。これは地理の授業!

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いつもおいしいウガリを作ってくれたお母さん。

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アメを買うたびに仲良くなった道端のおじさん。

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電気もガスもないお家で幸せそうに暮らすマサイ族の家族。

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高校の視察をしたいって言ったら二つ返事で案内してくれた先生。

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村で一緒にジャンプしたマサイ族の女性たち。

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サファリでガイドをしてくれた博識なおっちゃん。

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一緒にピキピキ(バイク)に乗ってぎゃーぎゃー騒いだ友達Witnes。

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彼女のお家にもお邪魔した。

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家族の絵を描いてくれたマサイ族の村の子ども。照れ屋さん。

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 私が困っている時にピキピキに乗せてくれた安全運転おじちゃん。

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いつもハイナシダ〜(大丈夫)って言ってくれるおばあちゃん。

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フレッシュな野菜や果物を売っていた村のお母さんたち。

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折り紙を教えたら、私にたくさんのスワヒリ語を教えてくれた先生。

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ホームステイ先でたっくさん助けてくれたホストファミリーのおじいちゃんおばあちゃん。

孤児院を建てた、もともと孤児だった人。

道でジャパーーン!!!って言いながらハイタッチを求めてきたおじいちゃん。

財布忘れた時、私が払うからバスのお金は払わなくていいよって言ってくれたお姉さん。

結婚しよーーーう!!!って握手してきたおもろいお兄さん。

 

 

たーーくさんのタンザニアの人に会い、友達になり、話し、笑い、そして別れを惜しんで泣いて。

 

タンザニアという国で生きる人、アフリカ大陸という日本からは遠い土地で生きる人を知ることができる機会を得て。

 

 

ターミナルで、隣に座っていた人とスワヒリ語でちょっとだけ会話できた時、嬉しくて、嬉しくて。

 

自分の中で、なにかがちょっと変わった。

 

 

そして、私の中の偏見が、ひとつ。

しゅわーーーっと小さな音をたててなくなった瞬間を、味わったんです。

 

 

あぁ。こうやって、偏見はなくなるものなのか。

 

 

それだけタンザニアと関われたんだな。

って思えたんです。

 

 

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飛行機で、隣になった人がマリの人でした。大使館で働いているらしい。日本が大好きで、日本語もぺらっぺらでした。

後ろに座っていた人は、ウガンダの人でした。ウガンダの農業を変えたくて、奥さんと子どもをウガンダに残して、日本で灌漑技術を学んでいるんだって!

 

 

飛行機の中。

エチオピア人とタンザニア人との違いも、ひと目で分かるようになったなぁ!

エチオピア航空のまぁまぁおいしい機内食を頬張りながら思った。

 

 

 マサイ族の村で会った人。好きな人とお話してるんだって!素敵。

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最近、思うんだ。

現地に行って、自分の五感で知ることって本当に大事だなぁと。

そして、偏見は絶対悪と思っていたけど、偏見はあって当然なのでは、と思います。

 

でも、偏見がひとつなくなるだけで、見ている世界はだいぶ違ってくるんじゃないかなぁ。

タンザニアに行って、偏見が消えていった瞬間を体験して、そう思います。

 

 

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世界ががらりと変わるというより、世界が優しくなる、そんなかんじ。

 

 

その国にどんな人が住んでいるのか。

その国で生まれた人はどんな生活をしているのか。

なにを信じて、なにを食べて、なにを愛して、生きているのか。

 

 

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どれだけネットで情報を集めても、やっぱり自分の実体験にはかなわない。

 

 

私はこれから生きていく上で、また自分の中の偏見に気づくかもしれません。

でも、その時は、なんでそう思っているのかな、って問いながらもっと知ろうとする努力をしようと思いました。

 

暗黙知をしっかり言語化してくのが大事だなぁと、私が尊敬するしげさんって方から学びました!ありがとうしげさん!

 

 

なんとなくこわいという感情を持ったまま、知らないことを知ろうともせず、偏見にまみれていることの方がよっぽどこわい。

 

 

自分の中の偏見は、自分でしか、壊せないから。

 

自分には偏見があるということをまっすぐ認めて、受け入れて、行動して、関わって、話して、聞いて、笑って、泣いて、変えていけるのは、自分しかいないんだなぁ。

 

 

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「私はracistなのかも」ってショックを受けたこと、そしてこわいという感情を持っていたことをネガティブに捉えるんじゃなくて、それをどのようにポジティブなものに変えていけるかなって考えなきゃだ。

 

 

ポーランドで流した涙は、ゆっくりと頬を伝って、タンザニアでえくぼに変わりました。

 

 

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Common sense is the collection of prejudices acquired by age 18.

常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。

- Albert Einstein (アインシュタイン) -

 

偏見のコレクションを一回捨てて、まっさらでピュアで、生まれたての赤ちゃんみたいな視点で世界を見ることができたら、どれだけ楽しいんだろう。って思うんです。 

 

 

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これは飛行機から見えたキリマンジャロ。凛々しく雲を突き抜ける姿は、圧巻でした。

右のほっぺたで傾く夕陽の熱を感じながら、いろんなこと考えたなぁ。

 

 

まずは、知ること。学ぶこと。

たくさんの人と関わって、たくさんのものを好きになること。

 

これは、人生をかけてずっと大切にしていきたいことです。

 

 

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長い文章をここまで読んでくれた方ありがとうございます…!

寒くなってきましたね!おでん食べたーい。

 

明日もみなさんにとっていい1日になりますように。

 

 

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生の血を飲んで、いのちについて考えた話

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ごくんと、つばを飲み込み、息を吸って、吐いて、

心の中で「いただきます」と唱えてから。

私は人生で初めて、ヤギの血を飲みました。

 

私にとって、生きることを考えるのに必要な、本当に貴重な経験。

 

 

今回は、そのマサイ族の村に行ったときのことを書きます。

 

正直、いろいろ刺激が強すぎました。

 

しばらく書こうか迷ってたんだけど。

あの時の感覚を忘れたくない、ちゃんと言語化しなきゃ!って思って。

 

言語化するのそんな得意じゃないからものすんごい時間かかっちゃうけど、雨の音を聞きながら、ゆっくり書いています。

 

 

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とっても綺麗な服を着ています。村のみんながお出迎えしてくれました。

 

 

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お家はこんなかんじ。もちろんガスも電気も水道もありません。

なんとこのお家、セメントと牛の糞で作られているんだよ!

 

 

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暖をとったり調理するために部屋で火を焚くのですが、その煙がのぼって、天井に溜まって固くなったものを棒で削ると、こんな土みたいなのがほろほろと落ちてきます。これをマサイの人は、胃薬として飲むらしい。

効くのかなぁー。

 

 

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女性は耳たぶに大きな穴があいていた。

ビーズで作ったアクセサリーをたくさんつけます。

耳の穴は、小さい頃に開けて、それを時間をかけて広げていくんだって。

穴にプレートのようなものを入れて、その大きさをどんどん大きくしていく。

文化によって、なにを美しいとするか、かなり違うんだなぁ。

 

 

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私も耳に実際に同じものをつけてみたんだけど…

 

重すぎぃぃぃぃ!!!!

 

耳たぶ引きちぎれるわ!

 

写真の笑顔は、ほんとはめちゃくちゃ引きつってます。

 

 

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首につけている土星の輪っかみたいなのと、ネックレスが当たって

軽くジャンプすると、シャンシャンってタンバリンのような音が出る。

ジャンプしながら、みんなで一緒に歌います。

 

 

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みんな踊って歌って楽しそうだなぁって見てたら、「おいで!」って手を引かれ、あったかい笑い声に包まれながら、みんなに囲まれて一緒に踊った。よくわからないまま、手をつないでジャンプし続けた。

 

 

めっちゃ楽しかった。

 

 

 

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そんなかんじでわいわいしてたら、

 

「ヤギがとれたぞ」

 

って声がかかった。

 

ぞろぞろと男の人がいるところに行く。

 

ヤギが、横たわっていた。

 

 

マサイ族の人がその動かなくなったヤギを取り囲んで、ナイフで綺麗に捌いていく。

皮をすーっと剥ぐと、その下に半透明の膜があって、それを破ると真っ赤な内臓が見えた。

内臓を素手で取り出し、器にほいほいと入れていく。手術しているようだった。

 

本当に真っ赤だった。

 

 

この生の肉を、そのまま食べるんだ、マサイ族は。

 

 

その光景を見るのは人生初めてだった。

気がついたら眉間にしわが寄っていて、顔がこわばっていた。

 

こういうのはグロいな、って目を塞いでしまう私だけど、頭のどこかで、しっかり見ておきたいとも思っていた。

 

2メートルくらい離れたところから、一部始終を見ていた。何回も顔が歪んだと思う。

 

内臓を取り終えてから、マサイ族の人が血を飲んでみたい人ー!って私たちに聞いた。

周りにも欧米系の人がいたんだけど、

oh my goodness definitely NO って声が聞こえた。

誰かは小さな声で 野蛮だわ って言ってた。

 

 

マサイ族の人はこの血を飲んで生活しているんだよなぁ。

どんな生活しているか目の前で見ていて、経験できるチャンスがあって、これを逃すのはもったいない。

 

そう思って、数歩前に出て、2メートルの距離を縮めた。

 

はい!私、飲んでみたいです。少しだけで大丈夫です!ほんとに、すこーしだけで。

 

ただひたすら「キドーゴ!(少しだけ)」と言ってたら、「ハイナシダ~(大丈夫)」とマサイのおじちゃんは茶色い歯を見せた。

 

マサイの人が小さなプレートを持ってきて、それでヤギの体の中にたまった血をすくった。

 

一口くらいの量の血は、少し赤黒くて、どろっとしていた。

一気に飲もうか、ちびちび飲もうか。

 

未知なるものを目の前に鼓動がどんどん速くなるのを感じながら、ゆっくりとプレートを唇のもとに持っていった。

 

 

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唇が血と触れ合った瞬間、重みを感じた。

 

そして、びっくりした。

 

 

 

 

 

あったかい。

 

 

 

 

体温だった。

 

 

 

いのちだった。

 

 

 

 

ただただ五感で、味わっていた。

 

 

 

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さらさらしたものではなく、例えるなら濃厚なポタージュみたいな感触。

舌の上が、錆びた鉄の味でいっぱいになる。

匂いはそこまでない。臭くない。

ちょっぴりスモーキーだなと、息を吐いた時に鼻の奥の方で感じる。

勇気を出して喉に流し込んだ時、数滴の血が、喉の壁をゆっくりと伝うのを体全体で感じていた。

 

 

とっても、不思議な感覚だった。

 

生きた血が、体に入っていく。

 

 

ごちそうさまでした。

 

少し先に見えるヤギを見て、そう思った。

 

一口の血をいただいた後、体で感じていたことを、頭がいろいろ処理しようとしてたけど、あんまり追いついていかなくて。

 

ぽけーーっと、砂漠に舞い上がる砂埃を見てた。

 

ずっと胸はドキドキしてた。

 

 

口の中がしばらく血の味がしたので、水を口に含んで吐き出したら、普通に真っ赤な水が口から出た。それを見て、ぎょっとした。

 

 

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マサイ族の人の自家製ミルクティーを飲みながら、マサイ族の方とお話した。

 

ヤギや牛を毎日遊牧する生活について。生まれてから、死ぬまで。

ずっと、遊牧と狩りをして過ごす。

たまにキリンを狩ることもあるんだって。

キリン1頭で、村全体で1週間は生活できるんだって。

ライオンを狩ると、勇者のしるしがもらえる。

ガゼルとかヤギとか牛とかを狩っても、しるしはもらえないらしい。

そのしるしっていうのは、腕にあって。

どうやってこのしるしを付けるの?って聞いたら、

赤くなるまで熱した鉄の輪を、じゅぅっっと腕に当てるだけだよ!ハハハ

って、自慢げに腕に残るそのしるしを見せてくれた。

 

どれだけ強い男なのかは、どれだけ狩りをしっかりできるか、で証明できる。

だから、とっても大事なしるし。

 

 

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私もそのしるしある〜!

って自分の腕にあったハンコ注射の跡を見せて、ケタケタ笑い合ったのはいい思い出。

 

まさかこんなタンザニアの奥地でマサイ族との共通点になるなんて、ハンコ注射の跡自身、絶対思ってなかったよね。笑

 

 

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ぴょんぴょん跳ねる、マサイの人。

 

 

いろんな感情がぐるぐるしながら家に帰った。

同じホームステイ先にいるヨエルっていうスウェーデン人に、ヤギの血を飲んだんだって言ったら

 

WTF なんでそんなことしたの? You are way too brave..... (ドン引き)

 

って文字通り目をまんまるにして言われた。

 

because life is short

人生は短いから。

 

答えはこれに尽きる。

 

 

「僕みたいな毎日病院で働いている人は、血が一滴でも自分についたら終わりだから、血がどれだけの病原体を運んでいるか知ってるから、もう考えられないよ。血を触る、ましてや飲むなんて!」

 

その上に、彼はタンザニアではベジタリアンなんです。肉も魚も食べない。

スウェーデンではビーガンだから、卵も乳製品も食べない。

動物が関わっている食べ物は一切口にしないんです。

I just don’t like killing って言ってた。

 

 

彼がマサイ族の村に行った時の経験を話してくれた。

 

「僕は肉を食べません。」

 

って村で言ったら、マサイ族の人みーんなびっくりして、「じゃあ何を食べてるの?」聞かれたらしい。

野菜だよって答えたら、不思議がられたようで。

肉以外に食べるものはないでしょう?って聞くマサイ族の人に

「じゃあ牛は何を食べているの?野菜だよね。牛を殺す代わりにそれを食べればいいじゃないか」

って言おうとした時、「これは価値観の押し付けだ」って気づいて、結局何も言わなかったんだって。

 

 

ちなみにマサイ族は、動物の肉と、血と牛乳で、生きています。(動物は主に牛)

野菜はほとんど食べません。

 

 

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これはマサイ族が牛乳を入れるのに使っている水筒。

ひょうたんから作られているよ。

私たちが飲んでる牛乳は低温殺菌されているけど、マサイ族は普通に牛乳を殺菌せず飲んでいます。お腹を壊すことは、まったくない!

 

 

彼と、ビーガニズムのことについて話した。

この世界には、飢餓で苦しんでいる人が何億人といる。

そんな中、私たちは牛に与えるためだけに穀物を育てて、牛を食べている。

その穀物で、どれだけの人間が救えるか、考えたことある?

って話をしたんだ。

 

そして、私がスウェーデンに留学していた時、4ヶ月くらいベジタリアンだったことも話した。

 

20歳の誕生日を境に、ベジタリアンになってみよう。って思って、なってみたんです。

ベジタリアンになった次の日にケバブをうっかり食べてしまって、この上ない罪悪感に苛まれたことはここだけの話ですが。

 

 

スウェーデンの大学で取っていた、Critical Animal Studiesっていう本当に面白い授業で学んだのがきっかけでした。

 

動物を、社会学、心理学、歴史学、経済学、自然環境学、人科分類学…etcの観点からクリティカルに考えてみようというもので、かなり学際的な新しいフィールド。

一緒に授業を受けている人は、ベジタリアン、ビーガンだけでなく、獣医さん、お母さん、心理学専攻の人、インド文化を学んでいる人、学校の先生になりたい人もちろん留学生も取れる授業なのでとっても国際的で、バックグラウンドも様々でした。ちなみに教授2人はビーガン!

 

その授業でたくさんのドキュメンタリーを見たりや論文を読んだりして、不都合な真実を突きつけられたんです。

 

ホルモン剤を打たれて、身動き取れないケージの中で、ただひたすら人間に食べられるために生産されている動物たちがいること。

 動物を育てるために莫大な水や飼料が消費されていて、それが環境問題につながっているということ。

 飢餓で死ぬ人がいる一方で、肥満で死ぬ人がいるということ。

 

その他にもいろいろありますが、上記またはそれ以外の理由を考慮して、ベジタリアン・ビーガンになる人がいます。

 

ベジタリアンとかビーガンっていう異文化を体験してみて、新しく見える世界がありました。

 

価値観がガラッと180度変わったわけではないけど、その4ヶ月、栄養のことをもっと考えるようになった。いのちが、この資本主義経済の中でどう扱われているのか関心を持つようになった。

 

肉を食べない代わりに、どんな栄養素が足りていなくて、どんなものを食べたらいいのか。ファストフードのお肉は、どのようにして作られているのか。お肉を増やすために動物たちはどんな薬を体に打たれているのか。

 

 

最後の論文では、私がベジタリアンになると決めてから、どのように世界に対する考え方が変わったか。そして体が変わったか。その軌跡について、日本の食文化の変遷を交えながら書いた。

 

 

私たちが日常で口にするお肉の大半は、命ではなく、「モノ」として、工場で生み出されているんだなぁ。

 

残忍だと思われてしまうところは、消費者には見えなくなっている。

 

その綺麗にトリミングされて闇に葬られた部分を、直視することなく、私たちはスーパーでパックに入っている整った肉を手に取る。

 

そんな世界に住む私が、ヤギが1頭、村の中で殺されて捌かれているのを見て、「グロい」「かわいそう」「残忍」とかよく言えたもんだ。

 

工業化された、殺すために牛を人工的にぶくぶく太らせる文化の方がよっぽどおそろしいんじゃないか、って思ったりした。

 

 

マサイ族の、動物を食べる文化。

資本主義化された世界で生きる私たちの、動物を食べる文化。

同じように、動物を食べている。

どっちがいいとか悪いではなくて、ただ違うだけ。

 

でも。

 

マサイ族の人たちの、牛を大事に育てて、牛の肉を食らい、血を飲み、皮はカーペットにし、骨はアクセサリーにして、糞を固めて家を作り、時には牛を貨幣として物々交換する文化を見てから、

いのちを大事にするその姿を見てから、

私自身が、生きている血を口にしてから、

 

しっかり、いのちに感謝して、いただかなきゃ。

 

子どもの頃から教わってきたことけど、

この実体験を通して、そう心から感じたんだ。

 

いのちを食べて生きていく上で、この経験は、絶対忘れちゃいけないな。

 

スウェーデンで学んだことが、タンザニアでの経験に繋がった1日だった。

 

 

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夢が叶った瞬間。

ヤギの血を飲んだあと、マサイ族と一緒にジャンプした!

なんかすごく高くジャンプできたような気がしたんだけど、ヤギの血のおかげ…なのかな?

 

 

あーーーーすごい時間かかったけど、書けてよかった。

達成感!今の気分はこんなかんじ↓

 

明日も、いい1日になりますように。 晴れるといいな。

 

 

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母なる大地と哲学

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一昨日、ルワンダに行こうと思い、チケットを取り、ホステルもバッチリ、あとは空港に向かうだけ!というときに、まさかのビザを取っていなかったことに気づいた高橋です。

 

自分がアホすぎて涙も出ない。

 

タンザニアみたいにアライバルビザを取れると思っていたのに。

出発3時間前にして、「よーし、ビザとるのにどのくらいかかるのかなぁん」って鼻歌歌いながらパソコンでかたかた調べていたら、

 

「日本人はアライバルビザは取れない」

 

って文字が飛び込んできた。

 

およ?

 

タンザニアにあるルワンダ大使館に電話して、

 

「こんにちは!日本人なんですけど、今からルワンダに行くつもりなんですけど、ビザ取り忘れてたんですけど、えーっと、ルワンダ行ってもいいですか?」

 

間髪入れずNO

 

 

「えーーー!?!?」

 

 

当たり前じゃ。

冷静に考えて、ビザないのに国にほいほい入れてくれるわけない。

 

ここは、ヨーロッパやない。アフリカや

 

 

世の中舐めてたなぁと反省しました。ビザはおろか国に入る時パスポートすら見せなくてもよいヨーロッパに1年間いて、感覚がおかしくなっていた。

 

まぁビザなしでルワンダに飛ばなくてよかった

ビザなしで行ったら、そもそもルワンダに入れないから不法侵入にはならないけど、

なにが起こっていたかわからないからね!

多額の資金をはたいて、「ビザは大事」という教訓を得たよ。 ゴメンナサイ…

 

パスポート大事ってスウェーデンにいる時に痛いほど学んだけど、

今回はビザは本当に大事って気づきました。

 

 

それなりに凹んだので、本当に美しかった母なる大地へ想いを馳せて、元気を出そうと思います。

 

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 ↑ ビザのことをすっかり忘れてて、ベッドの上で放心状態だった私。

 

 

この前、タンザニアで絶対に行こうと思っていたサファリに行ってきました。

 

金土日の3日間で、ンゴロンゴロ、マニャーラ、そしてタランゲラの3つのナショナルパークに行ってきたよ。

  

 

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これは、一番印象に残っている、ンゴロンゴロ保全地域!

うがいの音みたいで、ついつい何回も言ってしまいます。

 

なんとこれ火山!何百万年前もの火山が作り出したカルデラ

外側は標高2400mでくぼんでいるところは1800mなんだって。

高低差ありすぎて耳キーンってなった。

 

ここで感じた自然はすごかった。

 

こ、これが、本物の自然かぁ

 

呆然としてしまった。

 

ジープで壮大な大地の上を、砂埃を舞い上げながら、ただただひたすら走る。

 

 

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体全部で感じた、突き抜けるような風。

その風に乗って運ばれてくるくすぐったい自然の香り。

 

動物園でしか見たことなかった動物たちが、悠々と流れる雲の下で、本当に幸せそうに生きている。

 

 

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ガイドさんが話してくれたゾウの話がすっごく面白かった。

ゾウって、人間には聞こえない周波をお腹から出して、遠くにいるゾウと会話できるんだって!知ってましたか?

 

何kmも先にいるゾウが、地面からその周波をものすんごくsensitiveな足の裏で感じ取るんだとか。

 

また、グループの中の長老(リーダー)が死んでしまったら、お葬式もするらしい。特別な周波によってみんなが集まって、その死体を落ち葉などで隠して、食べられないようにして、死を悼むらしい。

 

 

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でも最近はゾウの密猟が問題で、どんどん個体数が減っているみたい。

象牙を買う私たち消費者がいるから、その密猟は後を絶たない。

今は、象牙でお金を儲けている人たちに対して、それに代わるようなサファリのガイドなどの雇用を生み出しているんだって。

 

 

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大航海時代には、象牙金と同じくらいの価値だった。

ゾウなんて見たことないヨーロッパの人にとって、象牙のなめらかさはもうアンビリバボーだったらしい。

 

風に乗ってインド洋をどんぶらこと渡ってきたアラブの商人も、アフリカ大陸の東海岸の都市で交易していたけど、象牙を直接探そうとどんどん内陸の方に入ってきて、現地のバントゥー諸語とアラビア語が交わって、スワヒリ語が作られた。

 

「スワヒリ」はアラビア語で「海岸」って意味。

スワヒリ語の語彙の約半分がアラビア語ってことからも、歴史が絡んでいることがわかる。

 

スワヒリ語は、風と象牙が作った言葉。って考えると、なんだかロマンを感じるね!

 

 

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シマウマは、

黒いボディに白いシマか、白いボディに黒いシマか。

どっちか知っていますか?

 

正解は、黒いボディに白いシマ! へぇぇって声が聞こえてきます

 

野生のシマウマは、これでもかというくらい美しかった。

 

 

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双眼鏡越しのライオン!

 

ライオンはメスが狩りをして、強そうなオスはただごはんが運ばれてくるのを待っているだけ。オスはたまーーに協力するらしい。

 

そういう亭主関白な男はまっぴらごめんです。

 

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メスライオンがヌーを狩り、内蔵を取り出して家族のもとに帰る瞬間!

 

ヌーの体の中に上半身全部入れて、そこから出てきたときの衝撃と言ったら!

口の周り、前足、BLOODY!! 血まみれでした。

 

死と生、弱と強。

自然の真理を目の当たりにしました。

 

 

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ヌー!

ヌーの大移動って有名だけど、川で溺れちゃうことも多いんだって。

でも、この川での溺死が生態系にすっごく役立ってるらしい!

ヌーの骨が何年もかけて分解される過程で、リンを排出するんだけども、このリンが植物にもとってもよい栄養になる◎

 

大量溺死の遺産。と言われているらしいです。自然はうまく回っているなぁ…。

 

 

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バブーンって呼ばれるおさるの一種。

池で水遊びしてた。

 

 

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ごろーんと置いてあった骨。誰のだろう…。

 

 

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こんなお花もちょこちょこ咲いています。

 

 

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カバ。

普通に泥の山かと思った。

 

あまりにもかわいくなくて、びっくり。

草しか食べないのになんでこんなに太っちゃったんだろう。

ガイドに聞いたら「動いてないからだよ」

 

運動の大切さをひしひしと感じました。

 

カバは陸上生物の中で、一番クジラ類に近いらしい。

 

 

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綺麗な鳥もたくさん!

 

 

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キリン。

動物の中で一番高血圧。心臓から2m離れた脳みそまで血を届けきゃいけないからね!

赤ちゃんは、2mの高さからボトッと産み落とされるけど、怪我もなく、全然大丈夫らしい◎

 

1日の睡眠時間は、長くても10分。

夢とか見てるのかなあ。

 

 

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ボリビアのウユニ塩湖みたいでテンション上がった!

 

 

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絶景を後ろに、ガイドの人と。たくさんお話してくれてありがとう!

あさんてさーな!thank you very much

 

 

 

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こんなところに泊まりました。
 

 

夜、星が本当に綺麗だった。

綺麗だろうと期待はしていたけど、圧巻だった。写真撮るの忘れた。

 

 

黒い布をびっしりと覆い尽くす無数のスパンコール。

 

芝生の上によいしょと仰向けになる。

 

大地の香りに包まれて、聞こえるのは自分の呼吸だけ。

 

真空空間にいるみたい。

 

タンザニアの空気を肺いっぱい吸い込んで、ドーム状の星空に向かってふーっと息を届ける。

 

目を閉じて、まぶたの裏に星の残像を感じながら、そのまますーっと地面に染み込んでいくようだった。

 

 

そのあと一緒にサファリを楽しんでいた友達と、焚き火の周りに座って、語った。

満天の星空の下、やわらかな火の温度を感じながら、将来の夢、タンザニアでの活動、好きな国、いろいろ話した。

すごく徳が高い人だった。

 

彼に「do you have "Ikigai"(生きがい) ?」って急に聞かれたときは驚いた。

思わず空を見て、「あへへ」って意味不明な笑い声を出しちゃったほど。

そんなこと考えたことなかった。

孔子と話してる弟子の気分だった。

 

 

「生きがい」って言葉どこで知ったの?

前に会った日本人に教えてもらったんだ。

 

へぇ! 

英語だとthe reason of livingだけど。日本語って、素敵な言葉たくさんあるよね。

 

 

そう言われたときは、純粋に嬉しかったなぁ。

目の前で静かに燃えている火の熱が、ぽっと、ほっぺたに移った。

 

 

「生きがいかぁ…いい質問ですねぇ」って言って、うーん…と考える。

 

沈黙が流れる

 

 

哲学するのにとっても心地よい宇宙が、頭の上には広がっていた。

 

哲学をちゃんと学びたいと思った時だった。

いかに生きるか、を突き詰めた学問。

 

 

中学の時に学んだ、孔子の言葉をここに書いとこう。

 

学びて思わざればすなわち罔し、

思いて学ばざればすなわち殆し

 


学んでも考えなければ、はっきり理解した状態にならない。

考えるだけで学ぶことがなければ、独断に陥り危険である。

 

 

当時はあんまり意味がわからなかったけど、今なら分かる気がする。

 

 

 

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ブログ書いていたら、元気たくさん出ました。

今飲んでいるジンジャーハニーティーが、ものすんごく辛くて、汗かいてる…。

ルワンダは、もっと歴史を学んでから行こう。

またアフリカに来る理由ができたと思って :)

 

 

あなたにとっての生きがいって、なんですか。

 

 

明日もみなさんにとってよい1日になりますように!

 

 

 

5年越しの片思いが実って、タンザニアの山奥に来た話。

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超久しぶりの投稿です。

最近タンザニアの男からよく求婚されてます、高橋です。

この前は、マサイ族の人に「僕の2番の妻になってほしい。牛5頭でどう?」って聞かれました。

 

え、私って牛5頭ほどの価値なの!?

(価値が低いのか高いのかよくわからない)

 

味わったことのないカルチャーショックを受けつつ、「私旦那がいるんだ、ごめんね!」って笑顔で言い、解決。このフレーズが一番効くらしい。

 

ちなみにタンザニアでは全員ではないけれど特にマサイ族の男は、牛を贈り物として、新婦の家族に渡しているよ。その新郎が十分な牛を結婚時に渡せない場合は、その新郎新婦の子どもが借金というか借牛(?)という感覚で、後で牛を渡すみたい。牛を渡す文化も少しずつ変わってきているらしく、昔は60頭が普通だったけど最近は数が減ってきているんだって。私の知り合いは、5頭の牛をお嫁さんの家族に渡したと言ってました。私=牛5頭って、まぁまぁ妥当な価値なのかも!

 

 

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牛は普通にごろごろいます。

 

 

今まで来たことがなかった、アフリカ大陸。

私は今、タンザニアの山奥にいます!

毎日が、新しくて、学ぶことが多い。

 

タンザニアは勢いがある国。

街中が目がくらむような色で溢れていて、路上には美味しそうなフルーツや野菜が並んでいて、クラクションの音と、人の声と、どこからか流れてきたラジオの音楽がごっちゃごちゃに混じりあって、心地よいカオスを生み出している。

2年前に行ったバングラデシュをふと思い出す。

 

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タンザニアって赤道直下だし暑いだろうと思ってたけど、ほんとに寒い。

南半球だから季節は真逆で、今は一応、冬!

首都のダルエスサラームは暑いみたいだけど、私がいるのはキリマンジャロから2時間くらい車で走ったところにあるアルーシャっていう街。

ここアルーシャにある、メルー山っていう富士山よりも標高が高い山の中にいるんです。

 

毎日ヒートテックの上にジャケット着てます。特に夜は冷えるので、風邪ひかないように足湯をしたり、熱した鍋を抱っこしたり。

お湯は3分も出せばブレーカーが落ちちゃうし、お風呂場はアリが異常に多いし、スワヒリ語まだ全然わからん!

水道水はそのままでは絶対飲んではいけないので、いつも煮沸消毒しなきゃだめ。

 

そんな山奥にある中学校で、私は英語で、地理と英語と日本文化とたまに音楽を教えています。

この中学校に2週間滞在した後、他の学校に移るよ。

 

実は、タンザニアでは中学校からすべての授業を英語で行うことが決められているんです。大学は完全に英語!

 

 

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英語の教科書。表紙の絵がとっても物騒。タンザニアでよくある光景なのか…。

 

タンザニアは、年にイギリスから1961年に独立した国。道行くおじいちゃんと英語で会話できたりするんです。植民地教育で、英語を習ってたから。

 

 

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コンセントもイギリスと同じ形のもの(BF型)で、車も右方向で右ハンドル。これは日本と一緒なので、トヨタや日産の車だけでなく、「〇〇幼稚園」って書かれたバスとかが中古車としてそのまんまタンザニアで走ってる。とっても不思議なかんじです。

 

 

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みんなバランスとるの超絶うまい!

 

 

スウェーデンから帰ってきて、タンザニアに飛び立つまで、日本で4週間過ごしました。

変わったもの。変わってないもの。

私の考え方が変わったから、少し違って見える世界もあった。

 

大学に行ったら、友達が、スーツを着るようになっていた。

スッキリと髪も黒くなって、大人になっていた。

 

「サマーインターンの面接なんだ」「コンサルは早めにESを出さないと」「webテストがうにゃうにゃ」

 

パリッとスーツを着て、社会に貢献する人、つまり社会人になる準備をしていた。

すごいなって思う。

 

私は

ユニクロTシャツに、超動きやすいユニクロのパンツを履いて、虫除けスプレーとスワヒリ語の辞書が入ったバックパックを背負い、地球の裏側に来ていた。

 

 

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私がこの夏をかけてやろうとしていることってどうやって未来につながるんだろう、つなげられるんだろう。って何回悩んだかなぁ。

 

毎日のように、「〇〇のインターンの申し込み」「企業面接のコツ!」みたいなメールが来る。

それを開くこともなく0.5秒くらいで削除してるけど、就活の準備ってしなくていいの?

みんながやっているように、私もOB訪問とか企業のこと調べたりとか、いろいろしなきゃいけないんじゃないの?

 

就活に違和感を感じてたけど、自問自答して不安になったり、ならなかったり。

 

私が社会にどうやって貢献できるのかよくわからないんだ。

どういう仕事をしたいのかも、はっきりわからない。

 

だから、好きなことと、興味があることに、まっすぐになろうと思った。

 

まっすぐになったら、日本からすーっと線が伸びて、タンザニアに着いた。

なぜ私が今タンザニアにいるのかって話は、高校生まで遡る。

 

 

5年前、私が15歳の頃、アフリカっていう大陸になぜかすっごく行きたくて、何があるのか全く分からなくて。

とにかく「知りたい」「行きたい」「見たい」でいっぱいになった時がありました。

担任の先生に相談したら「いいですねぇ~」って言われて、もう今しかない!絶対行く!ってなり、親に行かせてくれと頼み込みました。その時はパワポとか全く使えなくて、紙芝居みたいなのを作ってプレゼンをしたなぁ。

食卓に母と父を呼んで、2人の前で「うりゃぁぁ世界を広げたい!」的なことを言った気がする。

あるボランティアに参加して、現地に行きたいって。

タンザニアは、アフリカの中でも比較的治安がよくて、120以上の民族がいる。

高い山があって、深い湖があって、たくさんの野生の動物がいて、そして人間が生まれた場所がある国。行くしかねぇ!

 

アッツアツのプレゼンをした数秒後に、見事に

 

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「かのんは英語も話せないんだし、スキルもない。

行ってもただのお荷物になる。

自分で力つけてから行きなさい。」

 

 

ピシャリ。って音がしたのを覚えています。

まだ私はそこに行ってもないのに。ボランティアをしたら、誰かのためになることをするのに。

そこに行って初めて気づくことも絶対あるし、そこで力をつけるもん。

なんで今、私を行かせてくれないんだろう?

 

もやもやが晴れないので、2回目のプレゼンをしたら

「もっと役に立つ人になってから行きなさい。

じゃないとただの自己満で終わるよ。」

 

って静かに言われました。

危ないとか、お金がかかるとか、そういうことは言われなかったなぁ

役に立つ人ではないのは確か。だけどどうやったらそういう人になれるんだ…。

 

その夏、アツくなった私の小さな夢はしゅーんとしぼみ、831日に宿題に追われるような例年通りの夏休みを過ごした。

 

でも世界史でアフリカの歴史を習っているときはすごくわくわくしたし、アフリカという言葉を見ると「あ」って立ち止まっちゃってたし、アフリカ縦断した人に話を聞きに行って「絶対サハラ砂漠で星を見る」って決意したりして、なんやかんやずーっと惹かれていた。アフリカは、憧れの存在だった。

 

数年が過ぎて、大学生になった。

人生の夏休みと言われる大学生活中には、絶対に留学すると決めていた。

 

スウェーデンの主体性を引き出す教育に興味があったから、スウェーデンに留学し、幼稚園~高校の教育現場に足を運んだ。

この1年で、教育への興味がより強くなって。

日本語を高校生に教えたり、日本文化を小学生に紹介したり、生徒と一緒に話している時に、子どもたちからたくさんのことを学んだんです。

 

教師って、教えるだけじゃなくて、双方的に生徒からたくさんのことを学べる職業なんだなぁ。

 

教育という分野にどうやって携わろうか、どういう関わり方が自分に合っているのか。

どういう仕事をしている時、自分が好きな自分でいれるのか。

 

将来のことを考える機会に溢れていた留学でした。

 

そんな留学中に、お隣の国、デンマークで同じトビタテ留学JAPAN!から奨学金をもらっていて、教育留学をしている人に会ったんです。

彼はフィリピンに行ったあと、タンザニアに移り、そのあとオランダに行って、各国の教育を視察している人でした。

値段がやけに高いスパゲティ(デンマークなので)を食べながら、彼のタンザニアでの話を聞いていたとき、私のお腹あたりがすーーーっごくアツくなってきた。

 

これはちょっとスパイシーなスパゲティのせい、ではない。

 

5年前に玉砕した小さな夢のカケラが、気づくか気づかないかくらいの熱をずっと保っていて、彼のタンザニアの話を聞いていたら、体中に散らばったカケラたちが5年越しにぎゅっっと集まって、化学式では表せないような反応を起こして、星が出来る瞬間と同じような熱を発した。

 

物理的にすっごく体があつくなってた。375分くらいはあったと思う。

 

彼に「その学校とつなげてくれませんか」ってお願いして、それともうひとつずっと行きたかったプロジェクトに応募して、タンザニアに行くって決めた。スウェーデンでいろいろやりとりをした。

 

スウェーデンでできた友達にそのことを話したら「いいじゃんタンザニア!また学びが深まるね!」「どんな教育が行われているのか比較できて面白そう」って背中を押してくれた。「お父さんお母さんを説得できるように準備しなきゃだね」って手伝ってくれた。

 

結局、スウェーデンの小さな部屋で、親とSkype上でプレゼンをした。

今回は5年前の紙芝居とは違い、パソコンでパワポを使った。

 

 

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なんかこわい。

 

なんでタンザニアなのか、なんで今なのか、なんで私が行く必要があるのか、かかる費用、治安面、ワクチンの話タンザニアにいたことがある人とSkypeで相談したり、1日中グーグルで調べたりして、20枚くらいのスライドを作った。

 

「黄熱病の注射は日本に帰ってから受けるから大丈夫!マラリアキンチョールとかでなんとかなる!」

 

 

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5年前はただただ「見たことのない世界を漠然と見たい、人のためになりたい」って、誰でも言えるようなことを言った。

でも5年経って、「今まで経験したことを、どうタンザニアでの経験につなげていくのか。なにを学びたいのか。」を言えるようになっていた。

 

人のためになりたい、とだけ思ってた自分が、少しだけ変わった。

自分のやりたいことをやりたいため。

自分の見たい世界を見たいため。

自分のスキルを試したいため。

っていう、理由が加わった。

 

話していたら、胸からなんか熱いものがこみ上げてきて、途中からひぃぃんって馬みたいな声を出して、泣きながらプレゼンした。

 

 

「5年前とは全然違うねぇ」って笑う母の顔。

「ちゃんと学んで来なさい。遊びじゃないんだからね。」って優しく諭す父の顔。

 

 

その顔が脳裏に焼き付いたまま、Skypeを終え、パソコンを閉じて、

ひゃっほおおおおおおほほおおおい!って狭い部屋を23周しました。嬉しかった。

外はまだ寒かったけど、それから春が来て、あたたかくなって、夏になって、今、冬のタンザニアにいる。

 

 

5年越しに、片思いが叶ったような気持ち。

自分の好奇心に、まっすぐになっていいんだなぁ。って思った瞬間だった。

 

 

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そして今、心から思うのが、5年前にタンザニアに行かなくてよかった、ということ。

英語を話せないまま、自分のやりたい!って思うことがないまま、タンザニアに飛びこんでも、得られるものは絶対あったと思う。

でも、英語を話せるようになって、英語で何かを教えたいと思えるようになって、そして学びたいものがある今の私は、5年前の私とは比べ物にならないほどたくさんのことを吸収できていると思うんだ。

じゃないと、「あぁ異文化交流!楽しかった!」で終わっちゃったと思うから。

 

だから、5年前に親が行かせてくれなかったことに、心から感謝している。

5年後のこと見通してたかぁ~さすが!ありがとうございます。

 

そして、比べるのは、周りの他人ではなく、昔の自分だと、いろいろ発見があっておもしろい。

 

自分の人生って、他人じゃなくて、自分自身が基準。

 

ってことを忘れちゃうんだけど、うん、迷ったときこそ、思い出さなきゃ。

 

 

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タンザニアの女性は本当におしゃれ。カラフルでパワフルな服を着てて、それが本当に似合っているから素敵!

 

 

今日も温かいシャワーは出ないので、沸かしたお湯を桶にためて、洗います。

でっかいアリと格闘し、覚えたスワヒリ語を寝る前に唱えて、寝る。

こんな生活日本ではあんまりできないから、思いっきり楽しんでます。

 

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

日本はまだまだ暑いのかな。花火大会で盛り上がっているのかな。

みなさんにとって、明日もいい夏の1日になりますように。

 

高橋は生きています。今回は、ちょっと重大なこと発表します!

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久しぶりにゆっくりできる時間ができたので、

ホステルのバルコニーでブログを書いています。かのんです。

私は今、どこにいるでしょう!

 

 

 

1ヶ月前。

日本に帰る前に、今までできた友達に会いに行こう。

と思って、3週間ほどヨーロッパをぐるーっとまわるひとり旅をすることにしました。

 

 

どんな出会いがあるかな。

ひとつひとつの出会いに感謝しよう。

自分の心の羅針盤に従ってわくわくしよう。

とにかく、今しかできないことを楽しもう。

ゆっくりでいいから、自分の留学を消化していこう。

自分の頭で考えて、自分の感じたことを自分の文字にしていこう。

 

いろんな場所に行くということは、移動の時間も必然的に多くなる。

だからこそ、そんなときこそ、今まで吸収したことを振り返ろう。

どんなふうに価値観が変わったか、どんなふうに留学を意味づけるか。

しっかりと、自分の頭で、考える旅にしよう。

目的の土地では、友達に会って、ローカルライフを思う存分楽しもう。

 

 

そんな目的をたてて、6月の初めに、スウェーデンからハンガリーブダペストにひょいーんと飛んだのでした。航空券が3000円だったので。

 

夜景が…すごかった。息を呑みまくってしまうほどの美しさ。

 

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ブタペストの後は、バスで5時間かけてスロベニアの首都、リュブリャナに。

自然に囲まれたスロベニアスロベニアってそこまで知られてないけど、私はスロベニア親善大使に今すぐなりたいくらい、スロベニアが好きになった。

その魅力を伝えるべく、今度スロベニアについての記事も書きます!

 

 

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↓これはハイキングした時の写真。

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リュブリャナの後は、バスで2時間かけてクロアチアの街、ザグレブに。

 

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ザグレブからちょっと離れた山で、ハイキングしたよ。池が池の域を越えていた。

 

ザグレブからバスで7時間かけて、イタリアのボローニャに行き、スウェーデンでできた大事な友達に会ってきました。

 

お姉さんみたいな存在だったSaraと、マイベストフレンドMichele!

 

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街全体が、古代博物館みたいだった。

カラフルで、学生がたくさんいる、活気溢れる街。

 

 

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ボローニャの後は、電車でトリノに行き、

5年前にカナダで会った友達RiccardoとIreneと再会してきたよ!

お互い成長して、それぞれの道を歩んでいました。感慨深い…。

5年前。ほぼ英語が話せなかった私は、こうやってまた会って、ピザを食べながらカナダの思い出話をしているなんて、想像もしてなかった。

 

 

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やっぱりイタリアのピザは、おいしいね!

 

トリノの後は、会いたい友達がたくさんいるパリに行ってきました。

さすがにバスは飽きたので(安いんだけどね)ミラノから2時間かけて飛行機で!

 

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パリ来たんだなぁーって、実感した瞬間。

 

 

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スウェーデンですんごく仲良くなった、ThomasとMarine。

Marineパパが、エスカルゴを食べさせてくれたよ。人生初のかたつむり!

感想はあえてのノーコメントで!

 

 

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去年の夏に日本に留学していた、Barbara。

数回ご飯を食べた仲だったんだけど、パリに来る時連絡してね〜と言われていたので連絡したら、すぐにかけつけてくれたよ!一緒にパリジェンヌ的な朝ごはんを食べました。おいしすぎた。

 

 

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スウェーデンで仲良くなったパリジェンヌ、Guillmett!

同じ年、同じ日に生まれて、同じ寮に住んでいた、双子のかたわれ。

フランス映画「アメリ」の舞台になったカフェにも行ってきた。 

私がベルギーの首都ブリュッセルに行くとき、バス停まで迎えに来てくれた時の写真。

 

 

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ブリュッセルでは、2人のベルギー人の友達に会ってきました。

なんとこの2人、2ヶ月前にエストニアで私がひとり旅していた時にバックパッカーホステルで出会った人なんです。

 

「パリにいるならベルギーにも来い」「おけ!」

 

ってことで行ってきた。

いろんなところに連れて行ってくれたEfuとLoius、ありがとう。彼らの友達(左端の子)も合流してわちゃわちゃした。

一回しか会ってなかったけど、こうやってまた会って、一緒にブリュッセルライフを楽めたので、にじゅうまるまる◎

 

でも、私が丁度ブリュッセルにいる時に、ブリュッセルの中央駅でテロが起こったんです。

 

本当に、こわかった。止まるメトロ。走る人。街に増えていく銃を持った軍隊。

死傷者は出なかったけど、「私、ヨーロッパにいるんだな。気を抜かずに旅をしないといけないな」って身をもって感じました。生きている気がしなかった。

 

 

そして今、私はブリュッセルから東に飛んで、ポーランドに来ております。

クラクフっていう南にある小さな街の空気を吸っています。

 

ポーランドは、じゃがいも&ピースってイメージ。

テロは起こりそうにないです。ふぅ…

 

ちょっと予定がずれ込んでしまったんだけど、ポーランドで最後ゆっくりしようと思って。たくさんの予定はいれず、古くてキュートな町をぷらぷらと歩き、ホステルでできた友達とごはんを食べに行き、夜は日記を書いて、朝は目覚ましをかけずに起きたときに起きる。THE、天国。

 

明日はアウシュビッツに行ってきます。それがポーランドのメインイベントです。

 

そして、あと2日でスウェーデンに帰ります。

そして、6月30日に、日本に帰国します!

 

信じられないなあ。

長い夢から、醒める気分。

 

でも、不思議なことに、今すっごく日本に帰るのわくわくしてるんです。

家族、親戚、友達に会えるし、おいしい日本食も食べられるし!

なにより、日本に帰りたくないよーーってずっと言ってたんですが、この3週間の旅を経て、日本に帰ってからやりたいこと、やるべきことが、明確になってきて。

 

 

スウェーデンの留学は夢みたいな時間だったけど、学んだことは確実に、私の一部になりました。自分の好奇心に忠実になれた1年でした。

 

スウェーデンの教育を自分の目で見たくて、飛び込んでみたこの留学。

教育に対してもっともっと知りたい!って思うようになり、「日本の教育はダメだ」と思っていた私でしたが、スウェーデンの教育と日本の教育を比較して、「スウェーデンの教育のこういうところ、日本に持って帰りたいなぁ」とか「日本の教育ってこんないいところもあるじゃん!」とか、たくさんの発見があったんです。

 

やはり現地に行くことは、この上なく、意義のあることだと身をもってかんじました。

 

現場に行って初めて見える色がある。聞ける声がある。触れられるものがある。吸える空気がある。

自分の足で現場に飛び込んで、チャンスは自分の手で、つかんでいかなきゃ。

 

そう教えてくれたスウェーデン

学んだことは、スウェーデンの教育だけではありませんでした。

 

もっと大きなことでした。

 

スウェーデンへ留学したこの1年間は、たしかに夢みたいだった。

日本に帰ったら、その長い夢がシャボン玉のように弾けて、私はどうなっちゃうんだろうと考えると、本当にこわかった。

 

でも今、夢というよりは、これはひとつの旅だと考えています。

出会いと別れを繰り返して、いろんなことを学ばせてもらった、好奇心かきたてられる素敵な旅。

 

 

日本に帰ってからの生活も、ひとつの旅のはじまりであり、

環境は違えど、学ぶことはたっくさんある。

夢みたいだったーと終わらせてはもったいないなぁと。

次の旅に繋げられるような、学び多き旅にしていきたい、そんなふうに感じています。

 

人生は旅の連続なんだなぁ。と、思うようになりました。

 

 

そして、日本に帰って4週間くらい日本での旅を楽しんでから、

アフリカに行ってきます。

 

(今このブログを読んでるおじいちゃんおばあちゃん、びっくりしないでね。私は生還するので、安心してください。今度会った時いろいろ話すよ)

 

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そこまで複雑な理由はないです。書くと長くなりそうなので、ここには書きませんが!

自分の見たい世界があるので、行ってきます。

背中を押してくれたお母さんお父さん、本当に、本当に、ありがとう。

 

教育を軸に、また新しい旅の中でどんなことを学べるのか、わくわくがとまらねぇ!ってかんじです。9月の中旬までいる予定です。

 

 

そして、私がスウェーデンに行く前にたまたま参加したイベントで知り合った方に声をかけていただき、アフリカに行く前に、スウェーデンの帰国報告会をやらせていただくことになりました。

 

イベント詳細はこちらです!↓ こちらから申し込みできます。

peatix.com

 

 

こんな貴重な機会をありがとうございます…!

 

経験したことをみなさんとシェアしたいと思っています。

また、みなさんからもいろんなことを学びたいです。

そういう双方向の学び合いや交流が生まれる機会になったらいいなぁ。

 

教育に興味がある方、留学を考えている方、スウェーデン大好きな方、7月20日になぜか予定が入っていない方、アフリカに行く前にちょっと高橋に会っとくか!と思った方…etc

 

ぜひお越しください!

帰国報告会やりましょうと声をかけてくださった田辺さんという方にも会えます。

本当に素敵な方です!:)

 

 

このブログは、スウェーデンの留学が終わったらやーめよ!って思っていたのですが、アフリカでもWifiがあれば、アフリカでの生活もちょいちょい更新できたらいいなって思ってます。

 

よければ、もうちょっと読んでね😊

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

帰国報告会で会いましょう!ではでは!

 

 

PS... 大戸屋とか親子丼やさんなどに一緒に行ってくれる方、大歓迎でございます。

そうだ、12時間後、ラトビアに行こう

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4月の始め。

12ページのレポートがなかなか進まず、部屋にこもってカタカタすること1週間。

とにかくレポート終わらせてからいろいろやろう!と思ってたけど、

なぜか全然書けない。何回ぐへぇって言っただろうなぁ。

 

 

人と会う時間がめっきり少なくなる一方でタスクだけは増えていって、

時間を無駄にしている自分に気づいたとき自己嫌悪に陥りそうになり、

「やばい、これは12月病んだときと同じ道をたどってるぞ」と思った。

 

病んだときのブログを遡り、えーと私はどうやったら元気もりもりになるんだっけな、とまるで自分の取扱説明書を読むような気分で、過去のブログを読んだ。

 

12月はささくれができただけでテンション激下がりしてたんだ!?

谷川俊太郎の「生きる」って詩を号泣しながら朗読してたなぁ

「私ってクズかも!消しカス以上、おがくず以下の人間!」って書いてある…

 

 

こんなふうにブログを読み返すと、けっこう面白い。

 

ずいぶん病んでたなぁーって笑っちゃった。↓これ

 

kanoncanon.hatenablog.com

 

 

その時のブログには、

 

できたことも、忘れずにちゃんと見てあげることも大事!

私は、褒められないと伸びないタイプ。

ちょっと行動して、踏み出して、小さな自信をつける。

自分でしかいいポジティブなサイクルは生み出せない。

 

と書いてありました。ふむふむ。

ここまでレポートよく頑張ったなぁ私、あと半分!(白目)って褒めたあと

うーん、ちょっと他の環境に飛び出していいサイクルを生み出してみるか!

なんて考えてたら気づいたときには新しいタブを開いて、航空券を取っていた。

 

 

行き先は、ラトビア

フライトは、12時間後。

 

 

ラトビアには行ったこともないし、まだ歴史も詳しく分かってない。

知り合いも1人もいないなぁ、そういえば。

てかまだ締め切りギリギリのレポート終わってない。

 

 

 

よし、行こう。

 

 

 

うおおおおおおおおって、レポートをやるときには見せなかった勢いでパッキングを始めた。このエネルギー、もうちょい前から出てきてほしかったよ…!

 

 

何も知らない新しい環境に1人で飛び込んで、

1人でも多くの人と話して、

1つでも多くのこと学んで、

1mmでも自分の世界を広げてから帰ってこよう!

 

 

ということで、バックパックひとつ背負って、

ラトビアぴょいーんと飛んだのでした。

 

 

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ちょうど1週間後に友達とロシアに行く予定があったので、ラトビアから陸路でエストニアに行って、エストニアからヘルシンキまで船で行き、友達とそこで合流して直接また船でロシアに行くことに。ちなみにこの時期はイースター休みだったので、時間はたっぷりありました。

 

 

次の日の朝、デンマークの空港に早めに行き(隣の国に最寄りの空港があるってやっぱりヨーロッパなんだよなぁ)飛び立っていく飛行機を横目に、レポートをカタカタ。

 

飛行機の中でも、約2時間弱カタカタ。

机の上でやるよりもくもくの雲の上の方が、断然はかどる!

 

 

ちなみにラトビアは、バルト三国の真ん中の国。

北はエストニア、東はロシア、南はリトアニアベラルーシ、西にはバルト海

 

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人口230万人、大きさは九州の1.8倍くらいの、小さな国。

公用語ラトビア語なんだけど、国民の30%弱がロシア系で、映画とかラジオ、テレビでもロシア語が使われています。人口の大半は西ヨーロッパ系のバルト人と、ロシア系のスラブ人が占めています。

 

ラトビアは、第一次世界大戦後の1918年にロシア帝国から独立して、第二次世界大戦中の1940年にソビエト連邦に占領され、1941年、独ソ戦でドイツが占領、1944年にはまたソビエト連邦が占領&併合。1991年に独立して、2004年にはEUとNATOの仲間入りを果たしました。

 

だから、小さい国だけど世代によってはロシア語もドイツ語も英語も話せるという、マルチリンガルな人もいるんだとか。多くの外国企業の進出先にもなっているよ。ほぇ〜

 

ラトビア人にとって、ロシア語を学ぶことは英語を学ぶことと同じくらい(またはそれ以上に)大事みたいで、就職においてもそこまで国際性が問われない単純な仕事でも、お客さんの3〜5割がロシア語を話す人だという。ロシア語が話せることが仕事の条件に入ってることもあるらしい。

 

ロシア語の方が、文献の量も豊富でメディアでも多く見られるんだって。

たしかに街を歩いてた時、ロシア語の表記たくさん見かけたなぁ。

原則として公共の場での広告や案内やメニューは、ラトビア語を使うことが法律で義務付けられてるらしいです!これは教育現場でも同じで、授業の6割以上はラトビア語でなければならないんだって。

 

 

そして歴史を調べていてちょっと驚きだったのが、ラトビアの中で、無国籍という扱いになっている人の数。

ラトビア国籍保有者は約180万人で、外国籍保有者は3〜4万人。そして残りの約45〜50万人のソ連時代から帰化することなく永住してきた移民は、国籍がどの国からも付与されていないんだって。ソ連時代のラトビア国内で生まれて、一回も他の国に出たことがない人も、帰化しない限りラトビア国籍になることはできないし、他の国籍を持てるわけでもない。

 

つまり、国民としての扱いを受けないということになる。

 

 

選挙権が与えられてなかったり、他の市民権がなかったりする。

これは一刻でも早く解決すべき問題だとされてるけど、まだまだ解決への道のりは遠いみたい。

 

5年前に行われた、ロシア語を第二公用語にするかどうかにおいての国民投票では、4分の3の反対で否決された。でも、非国籍者であるロシア系の人は、そもそも投票権がなかったんだよね。

 

 

うーーーん。歴史が絡んでて、一筋縄にはいかない問題だぁ。

 

ちなみに国旗はこれ!

 

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バルト三国ソビエト感があるよってどこかで聞いてたんだけど、

カンボジアの温度を数十度下げて、建物を間引きしたような街だぁ

これがリガに着いた時の正直な感想でした。

 

カンボジアのように熱気はないし(その時の気温は0度だった)建物もたくさんあるわけではなかったけど、空港の周りが全然栄えてないかんじ、絶妙に似ていた。

 

直前に予約したfunky hostelというネーミングセンスがまぁまぁなホステルになんとか着き、ドキドキしながらホステルのreceptionのドアの前に行った。

 

ものすごいfunkyな音楽がガンガンかかってた。

ここは本当にfunkyなんだな、めちゃくちゃfunkyな人が出てきたらどうしようかな、って一瞬ドアを叩こうか迷ったけど、音楽に負けないくらい拳でドドドドドってドアを叩きました。

 

音楽がぴたっと止んで、出てきたのは…

めちゃくちゃ柔和な顔をしたおじいちゃん!ギャップがすごい。

 

やほやほ、よく来たね!ってすっごく優しく迎え入れてくれた。

 

 

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1泊20ユーロのホステルはこんなかんじでした。居心地良すぎた。

 

同じ部屋にはロシアから来てるMariaって子がいるよ、その子も一人旅してるみたいだから仲良くね!と言われ、部屋でMariaとおしゃべりをし、じゃあ夜の散歩するかーってことで、旧市街を散策したよ。空港の周りとはまったく違う雰囲気でびっくり!

 

 

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たくさんのバーがあった。

 

 

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聖ペテロ教会。

 

 

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ちなみにお昼に行った時はこんなかんじ。

圧巻でした。このリガの旧市街は、世界遺産に登録されてるんだよ!

 

 

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ヨーロッパってかんじの建物。

 

 

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上に乗ってる猫に注目!

 

 

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猫の家って呼ばれてるよ。

 

 

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ピンクのボーダーが入った綺麗な教会。

ラトビアの宗教は、プロテスタントルター派)、カトリック、そしてロシア正教

 

 

 

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治安は、めちゃくちゃよいです。ひとり旅も全然おけまる◎

 

 

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これは、3兄弟って呼ばれる建物。

 

 

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この道はかなり短くて狭い道なんだけど、私が人生で今まで歩いた道の中で、たぶん3つの指に入るくらい好きな道。行ったり来たり、3往復しました。

 

 

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これは、自由の記念碑。

1918年〜1920年ラトビア独立戦争で亡くなった兵士に捧げられています。

リガでの集会や公式の式典で中心の場所になることが多いみたいです。

 

 

 

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カラフルな建物がたっくさん並んでる旧市街。かわいい。

ずーっと歩いてて飽きないし、小さくて迷子になる心配もない。

だからこそ、この街は迷子になりたい街だと思った。

 

 

友達のZaraが、「小さな偶然が起きるように、予定はがちがちに立てないほうがいいよ」って言ってたのを思い出し、ノープランで1日ぷらぷら歩いてました。

 

 

どんな出会いがあったかは、次のブログに書こうと思います。

 

明日もいい1日になりますように!

 

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人生において大事なものってなに?って、プラハで2人のイラン人に聞いてみたんだ

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2ヶ月前のことですが、チェコプラハに行ってきました。

初めて東欧に行ったんだけども、息を飲むような景色に何回出会ったことか。

一緒に行ったのは、Zara

同じ寮に住んでいる友達で、プラハからスウェーデンに戻ったあとすぐイランに帰っちゃったんだけど、「ヨーロッパ最後の旅行は、かのんとプラハに行きたい」って言ってくれて。

授業の合間を縫って、プラハに3泊しました。

 

 

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私がこの旅行のことをブログに書いておきたいと思ったのは、

Zaraが人生についてたくさんのことを教えてくれたからです。

そして、Zaraの友達にも会ったんだけども、その方からも本当に考えさせられる時間と機会をもらったからです。

 

 

いろんな人生に触れた旅でした。

考えさせられた旅でした。

 

 

プラハはとっても素敵な観光地。

”みんな”がおすすめする、”行くべき”ところにもたくさん行った。

 

 

でも2ヶ月経って、私の心に残っているのは、美しい風景よりも、

Zaraと夜に髪を乾かしながら話したイランのことであったり、

座っておやつを食べながら話した日本のことであったり、

大聖堂の前で話した恋愛の話であったり、

スープを飲んだあとに話した学問を学ぶ意義であったり、

そして、プラハの街を歩きながら話した人生のことであって。

一緒に同じ空間で”考えた”時間だったんです。

 

 

わぁ、なんだか泣きそう。

 

 

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世界一美しい図書館に行ってきたよ。ストラホフ修道院の中にあります。

 

 

 

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中世の町並みってかんじ!

 

 

Zaraは、イランから来た、ずば抜けて頭がいい女性。

イランでトップの大学を卒業してその後大学院に進み、心理学を極めてた。

本当に極めていた。映画を一緒に見たあとは必ずディスカッションタイムがあった。笑

「あのシーンは心理学的にはね、」っていつも話を始めて、

「こんな角度からこう解釈することもできるんだ!」って私はいつも新しい発見をもらってました。

 

イランでは大学に入ることも、卒業することも、留学することも、女性にとっては本当に本当に難しいことなんだって。

Zaraは学位をとるためにPhDの学生としてスウェーデンに留学してました。

そして驚き桃の木サンマの開きだったのが、33歳だということ!

 

でも英語で会話してると、敬語がないから全く距離を感じない。不思議。

 

Zaraは私よりもひとまわり、ふたまわりたくさんの経験している人生の先輩だー!って思ってました。

 

でも、それ以上でした。

話を聞いていたら、想像を絶する経験もしていて。

でも自分が今まで頑張ってきたこととか、イランの素敵なところもいっぱい話してくれた。

イランに絶対来てねって言われたから、絶対行く。

 

 

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Zaraが住んでいるのは、イランの首都テヘラン。イラン文化の中心地。

スマホでたくさんの寺院や絨毯、陶器、そしてペルシャ猫の写真を見せてくれた。

イランの歴史も教えてくれた。頭の整理も兼ねて、ちょっと書いときます。

 

イランは今はイスラム教国家だけど、ササン朝ペルシャの時代まではゾロアスター教の国家だったらしい!ササン朝が滅びて、モンゴルからの侵略があり、イスラムシーア派を国教とするサファヴィー朝が1500年頃にできてから、イスラム化が進んだ国。ここの土地は、ヨーロッパとアジアが交わるかなり重要な場所だったから土地をめぐっての争いがたくさん起きたんです。世界史で習った膨大な量の王朝や都市や人の名前は、呪文のようだった。どうしても覚えられなかったから、ちびまるこちゃんのおどるポンポコリンの歌に合わせて、王朝の歌をせっせと作っていた高校3年生だったなぁ。

 

20世紀に入って、イランの近代化を進める動きが始まりました。脱イスラム化を図った政策としては、チャードルと呼ばれる女性が着る黒い布の着用を禁止して洋服着用例を発令したり、農地改革や識字運動などを進めたよ。1960年頃にパフラヴィー2世が起こした「白色革命」って呼ばれる、いわゆる西洋化運動です。でもかなり急激なものだったので、結果としてイラン・イスラム革命を引き起こすことになりました。

 

イラン・イスラム革命とは、まさにハイジにでてくるおじいさんのような白いお髭を蓄えたホメイニ師っていう人が国王批判をして逮捕&国外追放されたことを皮切りに起こった革命。「それはちがくない!?」って民主化を求める、王制打倒運動が国内で広がっていきました。詰んだ国王の代わりに、1979年にホメイニ師が母国イランに帰ってきて、「イスラム共和国作るよ!」ってなったのが、イラン・イスラム革命。そこからイランは厳格なシーア派国家になったのだけれど、周りのイスラム諸国はスンニ派で、イランの革命の波が広がらないかとビンビンに警戒してたんだって。アメリカとも対立関係になり、ピリピリし始めた。

 

そんな革命があった次の年、1980年に、イラン・イラク戦争が始まりました。イラクとイランの間を流れる川の使用権と、石油の輸出が問題になって、欧米諸国とソ連イラクフセイン政権をサポートした。1988年に停戦が成立するまで、他国家を巻きこんで8年間に及んだ戦争。長い…。打撃もかなり大きいものでした。そしてそのあと湾岸戦争が始まったんです。

 

Zaraは、小さい頃に体験した戦争のことを話してくれた。

サイレンが聞こえてきたら、お母さんに抱っこされて防空壕に駆け込む日々。

今も、サイレンの音や大きい爆発音を聞くと、その時の情景がフラッシュバックするんだって言っていた。

 

私はスウェーデンに来るまで、戦争を体験した友達には会ったことがなかった。

私にとって、戦争は遠くで起こっているものだった。

恥ずかしいけど、本当にテレビの向こうの話だった。

 

でも、私より13年間長く生きていて、育った国も文化も環境も違って、そして実際に戦争を体験した人が、自分の目の前にいて、生きている。

同じ机で、あたたかいごはんを一緒に食べている。

辛かった経験を、私に共有してくれている。

 

話してくれて、ありがとう。という言葉しか出てこなかった。

 

 

話を聞いている時、戦争の話をするひいおじいちゃんの顔が、私の頭をよぎった。

 

戦争は、あかん。って言葉と一緒に。

 

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でも最近、すごく不穏だ。ニュースを見ていて、胸が本当にざわざわする。

なんだか、世界が行っては行けない方向に流れていっている気がする。

 

 

先々月にトランプが発表した大統領令。特定の7ヶ国の国籍を持つ人は、アメリカには一時的に入国を禁止された。その7つの国の中に、イランがあった。

Zaraのイラン人の友達は、この大統領令によって、夢が粉々になったと言っていた。

とっても優秀な女性で、やっとアメリカの大学で働けることになって、たくさんの希望をスーツケースにつめこんでいた矢先、航空会社から、「イラン人だから」という理由で搭乗を拒否されたらしい。

Zaraに泣きながら電話してきたんだって。

 

Zaraもそれを聞いて苦しかったって言ってた。

 

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そして、プラハでもう1人、イラン人の方に会ったんだ。

その方はZaraの友達で、今はプラハでラジオ局に勤めている人だった。

 

一緒にご飯を食べていて、いろいろ仕事のこととか今までやってきたこととかを聞いていた中で一番衝撃的だったことは、

 

「イランには一生帰れないんだ、アメリカ系の会社に勤めているから」

 

っていう事実だった。

 

イランに帰りたいけど、もし帰ったらスパイと疑われて命が危ないから、もうここ十数年帰ってないんだって。そしてこれからも帰れないらしい。

 

だから家族がいつもチェコに来てくれるんだ。

さみしいけど、自分の可能性を広げたかったし、自分で選んだ道だからね。

でも、本当にイランは大好きだし、いつか絶対に戻りたいって思ってる。難しいことだけど。

 

って言いながら、彼は自分の犬を優しくなでた。

 

この犬は、イランで飼った犬なんだよ。

こいつといると、イランでの思い出を思い出すんだ。

 

 

人生で大事なものってなんだと思う?って聞いたら、

HOME

って返ってきた。

 

 

帰れるHOMEがあるってことは、当たり前ではないんだな…。

 

 

国籍が夢を潰したりする世界があるということ、

自分のふるさとに帰れなくなる世界があるということ、

そしてそれは全く遠くの世界ではないということを、目の当たりにしました。

 

 

私がそういう状況に置かれたら、どう思うんだろう。

自分が生まれた国を恨んでしまうのかな、世界を変えてやろうとアクションを起こすのかな。わからなかった。

 

 

この世界が大事にしているものってなんなんだろう。

人の中身、性格よりも、その人の「国籍」や「民族」や「宗教」が最近より重視されて始めたように思う。

良いことなのか、悪いことなのか。

国益を守るための正義なのか、差別的で排他的な悪なのか。

グローバル化という言葉が讃えられていた頃からの反動なのか。

いろんな見方があるから、簡単にright,wrongに仕分けられる問題ではないとは分かっているけど。

 

国籍とか民族とか宗教っていう大事なアイデンティティのひとつが、時にジャッジされるラベルとなって悲しい思いをしている人が世の中にたくさんいることを、忘れてはいけないな、と感じています。

 

 

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100%のフルーツジュース!

 

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中にはアイスが入ってるよ!

 

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これはスターバックスのドーナツ。

このスターバックスは丘の上にあって、とってもいい眺めなんです!

街を一望できます。

 

 

Zaraとゆっくり街を歩いていて、地元の人と仲良くなったり、適当に道を歩いていたら迷子になったけど思いがけず素敵なオルゴールのお店を発見したり、店員さんとプラハの歴史について語ったりして。なんだかとってもわくわくが多かった旅でした。

 

 

「旅も人生も、予定を立てすぎちゃだめだと思うの、小さな偶然が起きるためのスペースを持っとかなきゃね」

 

 

2人で予定をがっちがちに立てず、北の方に行ってみるか〜、ってかんじで街をプラプラ歩いていたら、あるおじさんと仲良くなって、教会でのコンサートに呼んでくれたんだ!

 

ちょっとチケットも安くしてくれて、おまけに最前列に座らせてくれた。

 

パッヘルベルのカノンの生演奏を聞けて、涙ちょちょぎれそうになりました。

自分の名前の由来であるこの曲をプラハで聞けるとは。

 

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あと、心理学を勉強している彼女曰く、旅はたくさんするといいらしい。

 

目の前の道を曲がろうか、まっすぐ行こうか。

どうやって目的地まで行こうか。

誰に話しかけようか。

 

常に選択することが求められる。

 

そして、旅の中で、人と関わって、その土地の文化や価値観を吸収して、自分の持っているものと照らし合わせて、自分の価値観がまた作られていく。

 

判断力や行動力、コミュニケーション力が鍛えられるんだって。

 

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選択すること、

自分がどこにいるか把握すること、

そして積極的にソーシャライズすること

この3つは本当に大事なものだなぁーって、このプラハの旅で思ったよ。

 

これは旅だけじゃなくて、人生全体にも言えることだよね。

 

Zaraは、人生で大事なのは「とにかく今いる環境、今起きていることを楽しむこと」とも言ってたなぁ。

 

 

スウェーデンに留学できて、こうやっていろんなバックグラウンドを持った人と話ができて、自分の歩んできた道をちょっと振り返っては、これからどういうふうに歩いていこうかなーって考える機会にあふれているこの環境に感謝しなきゃだね、って話していました。

 

 

イランの公用語であるペルシャ語で、ありがとうは「مرسی۔」って言うんだって。

メルシーと発音するよ。フランス語と一緒だ!

ペルシャ語は、東洋のフランス語とも呼ばれてるらしい。ほぇ〜

 

 

メルシーZara!イランでまた会おうね!

 

 

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